いらっしゃいませー♪
31年間のサンフランシスコ・ベイエリアでの暮らしを卒業。
岐阜に戻り年金生活ををスタートいたしました竜桃ママです。
自分のために残す回顧録、「1982~」です。
翌日、オーストラリア政府観光局へと向かいます。
一か所ですべての観光会社のデーターが揃い、一目瞭然です。
私のスケジュール作りが優先され、その日ごとに合う会社、合うツアーを選んでくれて
バウチャーを作ってくれます。
空でアデレード、陸でキャンベラへと向かうことにします。
ひとまず5日でシドニー観光を終え、アデレードへと向かいます。
そこでシドニー大学に留学している女の子と出会います。
笑えることに、私はその子の事を日本人と思い込み声をかけ
その子は私の事をタイ人と間違えていたのです。
おかげで、キャンベラから帰ってきたその後は留学生の寮へ。
空き部屋が一泊食事つき7ドルで借りられることになりました。
アデレードでは44℃という高温、湿度がないため
身体から出る汗が瞬時に白い点々になって塩と変わっていったのはショックでした。
キャンベラに着いて、いつものようにホテル探し。
ターミナル前のホテルに入ったら、空き部屋を全部見せてくれて
更に隣接する他2軒も紹介いただき
「他のホテルのお部屋も見て、うちが気に入ったら戻って来てください」
と言われたのには驚き。
ここらへん淡々と綴っているのには理由が
実は、観光局で非常に興味あるツアーを発見。
いきなり心ここにあらずのオーストラリア。
早く戻って次の旅行の費用を稼がなくっちゃ!
アデレードに行く前に帰りの便を予約。
そうそう、ポロ子さんが仰っていたように
その当時は72時間前までの帰りの便のリコンファームが必要でした。
電話になると相手の言葉が見えなくなるので
シドニーに戻ってすぐ直接シンガポール航空のシドニー支店に直行。
しかしながら待ってる間、5時となり、同時にシャッターが閉まり、窓口も一斉にシャットダウン。
えー?何が起こったの?
「5時になりました。明日また来てください。」
!!?
翌朝、無事にリコンファームでき、
ストップオーバーの観光パッケージも購入。
シンガポールでのロイヤルホテル一泊と
搭乗時間までのシンガポール半日ツアーを20ドルでゲット!
12日間で簡単に終わった最初の海外旅行でした。
あれもこれも違う国の違う常識に一喜一憂。
これが楽しい。
真夏の国から帰ってきた時には雪の降りしきる日本。
友人が心配してスノーラックを持って迎えに来てくれました。
心配してるだろうからと母に電話すると
「あれ?今日だった?夕飯用意してないから食べて帰って来てね」(笑)
なんかホッとしたこの旅の終わりです。
さて、次の旅はなんと6か月後。
続く