ホロヴィッツシューベルトの『即興曲』 ウクライナの20世紀を代表するピアニスト

 この1月余りウラディミール・ホロヴィッツのピアノ演奏をまとめて楽しみました。きっかけは、久しぶりにかけたシューベルトの『即興曲』のLPレコード。以前聞いていた時より、一段と心深く入ってきて、静かなエネルギーが注がれるような気持ちを覚えました。

 それ以降、手元にあるホロヴィッツのLP、CD、DVD約200枚を時間を見つけては心行くまで堪能しました。

 その間に、ロシアの理不尽で非道なウクライナ侵攻が始まりました。日に日に激しさが増し、被害が拡大。停戦、いやこれは正式の宣戦布告はされていないようなので、国際的な犯罪行為の収まる見通しはない。ウクライナのゼレンスキー大統領が今日3月20日ビデオメッセージで「マリウポリの封鎖は戦争犯罪として歴史に刻まれるだろう。ロシア軍が平和な都市に行ったことは、今後何世紀にもわたって記憶されるテロ行為だ」と言ったと報道されている。(NHK)まさにそのとおりです。

 言うまでもなく、ホロヴィッツはウクライナ出身の20世紀を代表するピアニスト。

 1903年の生まれで、本人はキエフ生まれたと主張していようですが、夫人がインタビュー(『A REMINISCENCE』DVD 1993年)で語っているのでは、隣のジトーミル州の都市ベルディーチウ(Berdychiv)の生まれ。1919年にキエフ音楽院を卒業し、旧ソ連国内で演奏活動に入り、1926年からは「西側」での国外コンサートもはじめ、1928年にアメリカデビュー。1989年11月5日にニューヨークで亡くなっています。

『ホロヴィッツ・イン・モスクワ』

 ところで、最初の紹介したレコードは1973年にベートーヴェンのピアノ・ソナタ『月光』と組にして出されたもの。シューベルトの『即興曲』には、それぞれ4曲からなる、作品90と142の2組がありますが、ここでは作品90と142から2曲ずつ順番を変えて4曲演奏されている。うかつにも、今回初めてそのことに気が付きました。順番は、作品90の4番、作品142の1番、作品142の2番、作品90の2番。独自の一体感が構成されている。

 ホロヴィッツのレパートリーはそう幅広くなく、ショパンやシューマン、それとロシアの彼と同時代の作曲家スクリャービンやラフマニノフなど、加えてある時期からクレメンティが良く演奏されています。モーツァルトやベートーヴェンも限られた曲目しかない。そしてシューベルトもごく少ない。まとまった曲としては、1953年のカーネギー・ホールでのアメリカデビュー25周年記念のコンサートでの最初に演奏した『ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D.960』ぐらい。その後は、上記の1973年の演奏の後は、最晩年の1980年代になってからもう一度『ピアノ・ソナタ第21番』と『即興曲』や『楽興の時』からいくつかの曲を弾いています。そのなかのひとつが、当時にあっては歴史的事件ともいうべき、1986年4月モスクワでの61年ぶりの里帰りコンサートでの『即興曲変ロ短調 op.142-3』の演奏。ただし、CDには入っていなくて、DVD『ホロヴィッツ・イン・モスクワ』でしか見れません。

 この1986年のコンサートは、1985年にゴルバチョフが書記長に就任し、ソ連とアメリカのレーガン政権との関係が良好になり、両国の首脳会談が何度も開かれるような状況のなかで実現したもの。ホロヴィッツのピアノをレーガン大統領の指示で軍の飛行機でソ連まで運んだほど。

シューマンの『トロイメライ』ではモスクワの多くの聴衆が涙を ロシアとウクライナが一体

 改めてビデオでこのコンサートの模様を見ると、まさに隔世の感。立ち見が出るほどの会場いっぱいの聴衆がホロヴィッツのピアノ演奏に感激の拍手を送っている。アンコールで演奏されたシューマンの『トロイメライ』も心に染み入るような良い演奏ですが、ここでは多くの聴衆が涙を流している。これをみれば、ロシアとウクライナが一体であることに言葉はいらない。どこで道が間違って、今になったのか?早く、このような情景が戻ることを願います。