酒類販売の要請 無邪気にジョーカーを引きながら気づいていなかったようなもの

 西村大臣が最終のしゃべり役だったために、一手に批判の受け役になって評判を落とした、酒類の販売抑制の要請。無邪気にトランプゲームのジョーカーを引いていながら、本人が気づいていなかったようなもの。

 改めて詳しく書くまでもなく、酒類販売事業者に酒の提供停止に応じない飲食店との取引停止を求める。さらに、酒類販売事業者が飲食店の情報を取引先金融機関と共有して、金融機関からも順守を働きかけてもらうという2段階の要請。これを7月8日夜の記者会見で発言。

 この場面をニュース番組で見たときは、とんでもないことをいっていると絶句しました。予想どおり、当の飲食店や酒類販売事業者はもちろん、金融機関、はては与党からも批判が出て、撤回と陳謝。

 批判の観点は様々で、憲法に定める営業の自由の侵害、独占禁止法に抵触の恐れ、また「恫喝まがい」など多様でした。それに加えて、私は、金融機関が持っている情報の目的外使用を国が求めることの懸念があることをその時あげました。マイナンバーやデジタル政策への信頼を損なう。

発言は規制改革が叫ばれながら、逆に規制が増えている実態を明らかにした 忖度よりわかりやすい

 いずれにしても、今回の出来事は、要請という依頼ではあっても、実のところは規制。許認可権や補助金などの支援の制度を持っている国と民間事業者の関係は、表向き対等であっても、実質は対等ではない。したがって、そこから要請されれば、暗黙の強制になる。規制改革・緩和が叫ばれ、政府も担当大臣まで置いてそれを推進する方針を掲げながら、実のところは、変わらないか、逆に規制が増えている。図らずも今回の西村大臣の発言はその実態を顕わにする功績がありました。ひととき流行って、恐らく未だ衰えてはいない、忖度よりはわかりやすい。

分権改革もよく似た状況 ワクチン接種でも的確な供給情報を提供していたら自主的に行ったはず

 規制改革と同じく、国民と社会の自由度を高め、社会の活力(レジリエンス)を高めるものに、分権改革の推進があります。1993(平成5)年6月の衆参両院の「地方分権の推進に関する決議」からは30年近く、その前の革新首長の時代からは半世紀近くの歴史がある、自治体への分権も制度整備と実態が2層構造になっています。確かに法制度面では進んでいるところもありますが、根幹のところが移管されていない場合や、補助金や交付金によって、暗黙のうちに規制や介入が働いている場合も少なくはありません。また、地方自治法第245条の4第1項等の規定に基づくとされる、「技術的助言」による、「指導」が働く場合がある。これらすべてが否定さるものではなく、双方にとって利益がある場合もあります。しかし、先の政府と民間事業者との実質的な非対等関係と同じく、政府と自治体との関係においても、自治体の自主性を損ない、市民・国民の利益にならない場合も生じている。

 これについて、子育て支援や教育分野など沢山ある実例のどれをあげようかと思っていたところ、好事例が現れました。西村大臣の発言への大批判の後に明らかにされた、酒類販売事業者向け支援金の給付要件として、酒類提供をやめない飲食店との取引停止を求めた都道府県向けの通知を6月に出していたこと。これなどは、法制度からは外れた、介入の例です。その他、新型コロナワクチン接種を7月中に完了する自治体向けの要請などもそうです。これなどは、双方、特に国民にとって利益がある場合に当たるように見えます。しかし、自治体にしてみれば国がワクチン供給の情報を的確に提供してくれていたら、なにも要請されなくとも、市民の安全確保のために、自主的に行ったはずです。

国民の幸福増進や安全のための規制は必要 先ずは正確な情報や方針の的確な提供

 ここで言おうとしていることは、もちろん、国による規制がダメだということでは、まったくありません。むしろ逆。市民・国民の幸福増進や安全のための規制は必要。国や自治体はそのための役割と責任を担っている。問題は、法や客観的な基準を持った制度によって行っていないことです。昨年からの新型コロナ対策はこの手法のオンパレード。大臣や首長がお願いの繰り返し。これでは、正直者が馬鹿を見るなどの不公平が生じるし、心理的圧迫・ストレスも潜在し、増幅する。そして効果も限定的。

 この流れをこのまま放置すると、社会は一層閉塞し、国民は委縮。社会も経済もおおらかに伸びていかない。本気になて、この仕組みを変えていく必要があります。

 とりあえずのところ、現行の制度を前提にするなら、国は、場合によって自治体は、正確な情報や方針を的確に提供して、国民や事業者の自主的な判断と行動を促すことが第一です。それによって、自由度が高く、健全でレジリエンスの高い社会が形成される。正確な情報や方針を的確に提供することを怠って、突然実行とその結果を求めるため、要請とお願いの連続になる。

 なお、法の整備や制度化が必要といっても、今後の感染症対策や安全保障を名目に拙速な法や憲法改正に進むことがないような配慮もあわせて肝要です。