乗り遅れた人、積み残されたものはないのか心配

 ホームに入ってきて長い間止まったままで動き出す気配もなかった列車。市民からすれば、それが発車のベルもなしに俄かに動き出した感があります。昨日5月6日の衆議院憲法審査会で国民投票法の改正案が可決されました。7日の衆議院議院運営委員会理事会で、来週11日の本会議で改正案の採決を行うことで与野党が合意したと報道されています。見切り発車になって乗り遅れた人、積み残されたものはないのか心配になります。

車を作ると憲法改正が動くので、それが始まらないように車の調達を遅らせてきた

 2018年6月に改正案が提出されてから、継続審議を繰り返して、約3年。改正内容は公職選挙法にもとづく一般の選挙ではすでに導入されているものを制度化するもの。その審議になぜこれだけの時間をかけているのかと疑問と苛立ちが出てきても当然です。

 その理由は、改めて述べるまでもなく、与党は法律の性格上単なる多数決でなく野党の賛成も可能な限り得て可決したかった。一方、野党の方はこの法改正が進むと、次に憲法改正の動きが進むと警戒して賛成を拒んできた。語弊があるかもしれませんが、例えれば、車を作ってしまうとそれでもって憲法改正という動きが起こるので、それが始まらないように車の調達を遅らせてきたと言ったところです。

 今回最大野党の立憲民主党が主張する広告規制などに関して、付則に「施行後3年をめどに法制上の措置を講じる」と盛り込む修正を行うことを与党側が了解して、呆気なく可決された。

人を選ぶのではなく政策方針を選ぶ制度設計 窮屈な部分の改正は必要 

 この法律が、「日本国憲法の改正手続に関する法律」というその名のとおり、対象とする憲法改正のための投票も、手続き上は一般的な選挙と実態は大きく変わりません。しかし、憲法の改正ということ、また人を選ぶのではなく政策方針を選ぶということから、現行法の制度設計がされています。細かくは触れませんが、自由度が高い部分と規制がきつく窮屈な部分とがある。今回の改正は主にこの窮屈な部分を改正して有権者が投票しやすくすることが狙い。ねらいに関して異論のあるひとは多くはないと思います。

積み残し課題は多い 情報提供と投票しやすい物理的な環境整備など 余裕のない時期の見切り発車 

素人の解説が長くなりましたが、後は本題の懸念だけを連ねます。

1. 公職選挙法に基づく一般的な選挙においても改正されるべき多くの問題や課題があります。それなのにそのように問題等を抱えた一般的な選挙をモデルにして改正しようとしていること。その例として、投票率の向上は主な目標のひとつですが、時間延長や「共通投票所」の導入だけでは達成できそうもない。詳細は避けますが、投票を喚起する情報提供と投票しやすい物理的な環境整備が必要です。

2. 次に、高い自由度の確保を尊重する一方で、付則の広告規制などの改善も必要ですが、あわせて一般的な選挙では禁止されているが、国民投票法では個々人の単発的な場合は認められている金品の受け渡しのルール化の問題。

3. 最低投票率が設定されていないため、投票率が低い場合にはごく少数の国民の意思で憲法が改正されてしまう問題。

4. 投票の仕方が、賛成か反対のどちらかに〇をつけるという、実質〇×式の投票であるため、投票に際しての国民への情報提供のあり方の問題。

5. この法律は、先に述べた通り憲法改正のための車ですが。車がなければ動きは起こらないことは確かですが、車を買う場合がそうであるように、何人あるいは何を載せてどこ行くかが決まらないと車は選べない。憲法改正の中身と一緒に議論しないと的確な制度設計はできない。憲法改正の熟度が必要。

6. 国民投票法の問題ではありませんが、表現の自由などの観点から、国民投票法を手本に現行の公職選挙法の窮屈さの改善も必要。

 いずれにしても、70年余りの間一度も経験したことのない憲法改正に取組もうとするなら、十分な議論と慎重な準備が必要です。たとえれば、憲法改正の抗体がなく免疫力がない状態です。

 国民の多くが新型コロナウイルスの脅威に怯え苦しんでいて、余裕のない時期の見切り発車が適切かどうかが問われます。