『徒然草』のなかに障子の破れ箇所だけを張り替えることを示して、鎌倉幕府第5代執権北条時頼の母が息子の時頼に政治の道を教えたという有名な話がありす。作者とされる兼好はこのことを「世を治むる道、倹約を本とす。」と高く評価しています。

この話は、物やお金、手間などの節約はもちろんですが、社会制度なども全体を一気に変えるのでなく、実態と合わなくなり、機能しなくなったところだけを変えていくという教訓にもなります。ただし、今から700年も前に書かれたとされるものですし、時頼はそれより約半世紀前の人です。

「世を治むる道、倹約を本とす。」が暗黙の通念に

今この話を持ち出してきたのは、世を治むる道、言い換えれば政治の基本がこれであるという暗黙の通念が、いまだ私たちに影響を及ぼしているのではないかと思うからです。問題が起こった場合、大きく物事を変えようとしない。できるだけ穏やかに、小手先の改良、修復で済まそうとする性向があります。もちろんそれで済んだり、その方が有効な場合な場合もあります。しかし、行き詰まりが明らかである場合でも、このような手法になりがちです。危機対応や改革とか変革とか名付けられた取組みにおいても実態が伴っていないことが多くあります。

子育て支援、高齢化対策など基礎自治体のバネを強く効かせて挑戦を

『徒然草』のこの話の例えを広げて使えば、障子の破れ箇所だけを張り替える、障子全体を張り替える、さらにはその時の状況によっては板戸なり壁に変えるといった選択肢があることになります。置かれている状況に応じて柔軟に方策を選択できる潜在力を持っていることが大事です。子育て支援、高齢化対策はじめ今直面している課題に市民・国民が信頼し、安心できる対応をするためには、調整と修正の繰り返しでは限界に来ています。先に書いた恒例化した税制改正なども、もちろん有効なところもあり、全否定はしませんが、かえって煩雑になり、逆効果の場合もあります。ではどうしたらよいのか、これまでも述べてきたとおり、国全体の規模では困難であり、基礎自治体のバネを強く効かせて、市民・国民に近いところで挑戦を進めていくことだと思います。

野洲市の病院問題にも符合 破れ箇所張り替えは教育のため 本来は全体張り替え

ここまで書いてきて、このことは野洲市の病院問題にも符合することに気づきました。せっかく、駅前にある更地の市有地に機能的な新病院整備計画が進んでいるのに敢えてそれを止めて、現病院敷地に一部古い建物も使って半額で建設しようという公約に取組まれようとされているからです。まさに、「世を治むる道、倹約を本とす。」です。

しかし、『徒然草』でも、実は、母は、「『後は、さはさはと張り替へんと思へども、今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修理して用ゐる事ぞと、若き人に見習はせて、心づけんためなり』と申されける」と締めくくってあり、破れ箇所だけを張り替えるのは息子の教育のためであり、本来、実社会では全体を張り替えるものだと言っています。