野洲市職員採用試験の最終となる面接を昨日行いました。筆記試験やグループによる面接を通っての最終段階ですから、参加者は相当なレベルの人たちで、充実した場でしたした。

 面接を受ける側と行う側は、制度上は本来対等な立場であるはずです。しかし、受け手側には合否がかかっていて、一義的には弱い立場の関係になります。また、それに伴う緊張感もあります。一方面接を行う側は雇用するかどうかの決定を前提にその場に臨んでいることからすると、一義的には強い立場にいるように見えます。しかし、ことはそう単純ではないと思います。

 

 

 面接では、定例どおり志望動機やセールスポイント、採用されれば取組んでみたい分野や仕事などについてやり取りが行われます。志望動機では当然ですが本人側の思いや意向が表明されるわけですが、毎年ここが興味深いところです。市が行っている施策や事業に対する評価がうかがわれるからです。市のユニークな施策などを取り上げて希望理由を示すことにより、審査者の心証を良くしようという心理を全く否定はできません。しかし、それよりはむしろ、受験者が生涯の仕事の場を選ぶにあたって、まちのどこに、何に魅力を見出してるのかが聴ける貴重な機会となります。まちのあり様やその実力の社会的評価の一端を知る機会となります。

 人のために役立つ仕事をしたい、まちに今後発展の可能性があるから、自然の豊かさと都市的な要素が調和しているからといった理由から、まちが積極的に進めている子育て支援策や生活困窮者自立支援の仕事に携わりたいといったものなど多様ですが、ここ4、5年は生活困窮者自立支援を理由にあげる人が目立っています。これが口先だけでないことは、実際採用されて、その分野で熱意をもって良い仕事をしている職員や関連する福祉や子育て支援の分野で活躍している人材が育ってきていることが示しています。職員募集のために意図的に掲げたわけではありませんが、結果としてフラッグ(旗)が上がっていて、それを目指して、共にやろうという人たちが来てくれるわけです。もちろんこの分野だけでなく、発展の可能性があるまちで都市基盤整備に貢献したいなど、いずれもがまちの実力と将来性を評価して来てくれています。

 このように採用する側は選んでいるつもりでも、実際は先に選ばれていることになります。良いまちづくりをしようとすれば、熱意と実力のある職員が必要です。そのために先ずは、彼ら彼女らに選んでもらえるよう、まちの実績と可能性を示すことが大事であり、そして彼ら彼女らを裏切らないよう現実に応えていく責任があります。