人はさまざまな苦しみがあります


競争社会の先行き不安、人間関係の難しさ、責任の重さなど。


この苦しみは、自分がおかれている世界や社会にある。だから、自分ひとりが働きかけても

苦しみの根を絶つことはできない


こうした現実を通し、「この世は苦に満ちている」


という釈尊の言葉を想起する人もいるでしょう


では、釈尊は悲観論者 ペシミストだったでしょうか

そうではないと思います


人生に苦は多い


しかし、周囲の状況は自由にならなくても、私たちの心は自由にできるのです

直面する環境を洞察し、自他を正しく見つめ、行動すれば心は自由です


その修道を説くのが仏教なのです。


大般涅槃経 釈尊最期の説きし経典


panasonic 創業者の本田宗一郎は言っている


人生で一番大切なのは 徳 を積むことである


自分は徳があったから成功した


技術は教えれるが、徳の積み方は教えることができない


なぜなら わからないからだ。自分で悟るしかない




偉大なる本田宗一郎がわからないと言っている徳の積み方をわかる人がいる


わかる仏教集団がある


世界広しといえど、大般涅槃経を所依の経典としている教団は一つしかない


今、さまざまな悩みに持っている衆生は正しい仏教を求めている


すべてが安く、便利に、簡単に・・・・というこの時代に人が生きるうえでなにが大切か


生きるとはどういうことなのか、再び、仏教の重要性が増している



ある人は言った


○○市役所ってどういう意味かわかるか


○○市民の役にたつ人のいる所


役所で働く人は市民に役立たなくてはいけない



自分は守られているから・・・


自分はえらいから・・・


自分たちは日々、足りない足りない・・・


市民のためにできることを考えつづけるべきだ


役所の上司の機嫌をとりリスクを犯さない守りの人生を送りたいのはわかる


それは人間個人の思いで間違った考えだ


上司の言うことより市民の為になることを第一に考えよう


自分を犠牲にして市民の為に働いている人がいるか


給料はどこからでているのか