人はさまざまな苦しみがあります
競争社会の先行き不安、人間関係の難しさ、責任の重さなど。
この苦しみは、自分がおかれている世界や社会にある。だから、自分ひとりが働きかけても
苦しみの根を絶つことはできない
こうした現実を通し、「この世は苦に満ちている」
という釈尊の言葉を想起する人もいるでしょう
では、釈尊は悲観論者 ペシミストだったでしょうか
そうではないと思います
人生に苦は多い
しかし、周囲の状況は自由にならなくても、私たちの心は自由にできるのです
直面する環境を洞察し、自他を正しく見つめ、行動すれば心は自由です
その修道を説くのが仏教なのです。