お通夜振る舞いの間、誰もいないので受付で座っていると,次女が相手をしてくれた。
葬式という儀式は結婚式と違い,その人の生きてきた証が見える。子や孫ひ孫とその人から引き継がれてきた血筋や、社会で関わってきた人々との繋がりが最後に見える瞬間でもある。
昔は葬儀というイベントに対して苦手意識があったが、年を重ねて、自分がそのような対象になることが現実味をおびてくるとなかなか考えることも多くなる。
自分が死んだら悲しんでくれる人がたくさんいれば幸せな人生なのかもしれない。
家族もそれを望むかわからないけど、最後にその人の人生がわかるイベントで、その時は自分自身はもういない。
余生,残り半分の半分と考えて25年
どう生きるか。
自分の人生にも優先順位があって、
まずは家族,仕事、社会参加
家族
それぞれの子供が家庭を持つことでクリア
仕事
利他の精神でどうすればより良くできる仕組み作りができるか。攻略法を見出すゲームみたいなもの。
それにはたくさんの関連因子があるが割愛。
最後に社会参加
これに関してはあまり重きを置いていない。
その時その時で立ち振る舞いをしっかりやる必要があるが、したくないことはしない。
無理しない。
楽に生きることが一番。
亡くなった祖母はとても先立たれた祖父ととても仲が良く、周りを優しく包んでくれるほんとに穏やかな方だった。
我が家の子供たちもとても大好きで、大切なばあばだった。
喪主を務めた義母もほんとに親孝行な方で,いつも優しくお世話をしていたのが印象に残っている。
今回、職場の方々には大変迷惑をかける形となったけど、お通夜から葬儀,告別式、収骨までできた。
本当にありがたかった。
夜に妻に埠頭まで送ってもらい,0時の船で帰り仕事に戻る。
人の人生ってほんとに短い。
自分が納得できる人生にするために、今,できることを実直にやっていくしかない。
残された家族にいい思い出を残せることができたならば、いい人生だったと言えるのではないだろうか。
おばあちゃんと出会って30年あまり、本当にありがとうございました。
天国でおじいちゃんとまた会えるといいね。


