第3章の続きです。


夏にやったレースの話を延々と書くのも気が引けるのですが、中途半端になってしまうので、お許し下さい。記録と割り切って・笑


しつげんおおはし」(なぜかひらがな)にさしかかり、

ここから長い直線に入っていくわけですが。ここら辺り迄来ると、身体も十分に暖まり、走りも軽く(私レベルですが・笑)なってきます。ガーミンによる1キロのラップタイムも、5分ジャストまで上がってきました。橋の真ん中あたりへさしかかると、オーバーペース気味だったランナーと、少しずつラップが上がっている私との差が縮まり、このあたりからは、ほぼ抜かす一方の展開となりました。ここらあたりの戦術は自分の力というよりは、完全にガーミンのお陰です。で、続々と他のランナーを追い抜いていると、なんと某信用金庫の名前が背中に入ったTシャツをきた職員が前にいるではあーりませんか!!当日入手した選手名簿で、出場する事は解っていましたが、「参加することに意義」だな、「地域振興」の為に身体張って偉いな~ぐらいに思っていたら、何と前を走っているではあーりませんか!


近づいて、後ろからポンっと背中を叩いてサングラスを外して声を掛けます。「○○さん随分早いね~」 そうすろと、向こうもまさかこんな所で合うとは夢にも思っていなかったようで、「○○~~!!」仕事上の呼び名)、えーぇ!出てたんですか?サッ30キロですか?」 と訳のわからぬ事を口にしてました。いまここを走っているということは30キロしかないだろう・笑 と思いながらも、「調子どう?」と尋ねると、いやー飛ばし過ぎましたと、苦笑い。「がんばってよ~~」という言葉を残して、さらに前進していきます。更に黙々と進みますが身体も軽く、ガーミンのバーチャル君との差も300メートル程度リードしています。このころになると、キロ4分58~55位で走っています。さぁ10キロの給水です。5キロの初の給水では、スポドリを摂取しましたが、思ったよりぬるくてマズかったので、今度は水にしようと、スポドリのテーブルはパスします、そして前のランナーが取った後に水を取ろうと手を出すと、「ナイ」1個もありません、タイミング良くテーブルの上には何もない状態でした。「がぁ~ん・・取れなかった・・」でも走っているので、そのまま通過します 給水失敗です。後のヘロヘロの原因その1これです。いやー失敗したな~と思いながらも、まぁ身体は絶好調なんで問題ないなと思い、進んでいきます。暫く行くと、早くも折り返しのランナーとすれ違います。みなさん早いです。北京パラリンピック日本のエース高橋さんと、伴走の川嶋さん(シドニーオリンピック代表)ともすれ違います。

彼らのスピードですと私らとは蹴る足音が全然違いますね。足の裏をパンパンいいながら走り抜けていきます。凄いです


直線が終わり左へカーブし、暫く行くと、折り返しです、大きな三角コーンが見えてきました。ボランティアの高校生に手上げて答えます。この時の身体の状態は絶好調、一番調子が良かったところです。キロ4分45位で通過していきます。オーバーペースだな~と思いながらも深く考えなくても、なんとかなるべ っと解釈し進んでいきます。この辺りから、目標タイムほ上方修正し、2:30切りとしました。

何とかいけそうな感じがしました。

そして20キロ地点まで若干のペースダウン(それでもキロ4分台維持)はありますが、問題なく到達し、初めての給食 「スイカ」です。これは旨かった~ サクサクっと喉に入っていきます。その後。ボランティアのおばちゃんが、手にグリっ握らしてくれた物が、「バナナ」ですが正直これには参りました。モグモグしてるうちに呼吸が出来なくなり一気に苦しくなりました。今度からバナナには手を出すまいと誓いました・笑


ところが給食を終えた辺りから、身体に少し異変が出てきました、腿の外側の筋肉(大腿直筋というのかな?)が急にぴりぴりしてきました。そうです「乳酸」が溜まってきたのです。まぁ何とかなるなと思いながら、「しつげんおおはし」付近まで来たんですが、このころには乳酸の影響か呼吸もかなりキツクなって来ました。かなり意識して吐かないと苦しい感じがします。さらに若干ですが登りですが、ちょいと大きいレンズの付いたカメラマンが写真を撮っていたので、苦しそうな素振りは見せずに、姿勢を正してそこを通過します。視線の向こうには、オープン前の「湿原の風アリーナ釧路」も見えます。

その湿原大橋を渡りきり右にカーブすると、急に向かい風になりました。

ここで、ガーミンを見ると、とうとうラップが落ち始めました。キロ4分台だったのが、5分20位までガツンと落ちます、でも必死で頑張りペースを元に戻そうと頑張ります。次の1キロをおなんとか5分10程度まで盛り返しますが、スピード的にはこれがどうやっても限界です。この時の頑張りが、後のヘロヘロを生んだ原因その2だと思います。向かい風の中、なんとか必死でペースダウンをくい止めようとしていましたが、ここらで結構ぎりぎり感がでてきました。鉄橋の下の日陰が何とも涼しかった・・

この時の心の支えは、残り5キロ地点で応援してくれているであろう、「義妹Aと義妹B」の存在でした。兄の威厳で、なんとかそこまではかこのスピード維持していきたいと・・

そして、残り5キロ地点のローソンが見えて来ました、この時は既にいっぱいいっぱいで、自分の視界はサッカーボール程度しか無かったお思います。その視界の中に、何とか義妹AとBを発見し、手を挙げます、そして一言 「キツーイぃ」 

電光掲示板がありタイムが確認できますが、「2:02」となっていました、この時既に思考回路もおかしくなってきており、2:30切り、もうだめだ。と思ってしまいました。残り5キロ28分ですから、無理なタイムではないのですが、なんか勘違いして、残り25分で5キロと勘違いしました。これでガクンっと一気に疲労がでてきて、残り3キロ地点のこのあたりでは、根性だけで、前に進んでいる状態、キロ6分くらいまで落ちていました。新しいアスファルトの照り返しの熱さで、本当にいっぱいいっぱい。沿道の皆さんにいくら応援されても、なにをどうあがいても、いくら腕を振ってもこれ以上のスピードはでません。


きたい・歩きたい何度も思いながら、もうろうとした意識に浮かんでくるのは
なんて長い道なんだろう」という感覚だけでした。ここら辺りからは、ほぼ全員といっていいくらい抜かされまくりです、ぐうの音も出ないほど抜かされまくりです、追いかける力は、少しも残っていません。ずっと下を向いた状態で進んでいきます まもなく運動公園にはいります・・ まだ2キロもあります・・ もう止めたい・・


つづく