海と子供 | ひとりアーカイブス2012

海と子供

大海原へ父親はまだ小さな息子を小脇に抱え、大人の身の丈をゆうに超える波に向かって歩き出す。
父親はたとえ子供が怖がり泣こうとも容赦しない。
大きな波にも抜け方がある。
父親は無理やりにでも子供にその方法を見せ、憶え込ます。
方法は解ってしまえば単純なもの。
しかし恐怖心が先に立ち、たじろぐ者にそれは見えないのだ。
波を抜ければ、その向こうは凪。
荒波から抜け出た者だけが知る優雅な海。

オイラが子供のころ、父親達は皆こうして子供に海での泳ぎ方(の第一歩)を教えました。
泣こうが喚こうが容赦無く沖へ連れて行く。
そこで海との接し方を子供に学ばせたのです。
特にオイラの実家付近は海沿いの町。海との接し方を知らなければ、即、死に繋がります。
海は生活の一部だったわけですな。

たとえば…高い波の向こう側へ抜け出るには、実はまっすぐ突っ込むのが一番です。
ヘタに波を越えようなんて思ったら、崩れてくる波にすぐ巻き込まれて上も下も分からなくなります(子供は良くそうなる)。
大きな波は怖い。ましてや何度も飲まれて巻かれて口の中まで砂だらけになった経験があるのなら、もうどうやっても勝てない気分になります。
でも勇気を出してド正面に頭から突っ込んでみる。それも波が最大に持ち上がった時(その方が足元の水位が低くて歩きやすい)。
するとズボッって感じで波の向こう側へ抜け出ることができる。
オイラも父親に教えてもらいました。強制的に。そこから初めて海での「泳ぎ」が始ったわけです。

さて時代は流れ、現代。
あの海は防波堤に囲まれ、以前より静かになりました。
毎年波に削られていく砂浜を守るため、そうするしかなかったのです。
もう大人の背丈を越える波はありません(遊泳禁止区域などには無いわけじゃないですが)。
でも父親(オイラ)は波を怖がるぴょん吉を少しだけ沖に連れ出しました。
「ほら波の向こう側」。
規模は小さいながらも、死と隣り合わせであるような切迫した状況ではないにしても、そこに穏やかな海がある事を教える事ができました。
ぴょん吉はありったけの力で必死にオイラの首に掴まりながら、波打ち際に小さく見えるママに向かって何とか手を振ることができました。