その日のまえに | ひとりアーカイブス2012

その日のまえに

その日のまえに以前、「明日の記憶」という本を読んで自分が病気になる事を非常に心配になったりしたわけだが、今回は重松清著「その日のまえに」 。基本的に短編集なのだが、本の題名にもなっている物語が中心となる。「その日のまえに」「その日」「その日のあとに」の3本だ。
それ以外にも、いずれも「死」にまつわる話なのだが、そのどれもが自分が死ぬ話ではなく、自分の周りの誰かに死が訪れる事による自分の行動が描かれている(一部、自分の余命宣告をされた話しはあるが…)。
ここの所、「自分が死んでしまったら後に残った者はどうなるか?」「自分の事をどう思うか?」「どれくらい悲しむか?」「いつまで憶えているか?」…等々考えを巡らせる事が多かった。しかし、この本を読んでハタと気付く。死ぬのは何も自分だけでは無いのである。友人だったり、家族の一人だったり、自分の親だったり、カミさんだったり…。そこに死が訪れた時、自分はどうするのか?
正直言って、今回のこの本は小説として十分に堪能できるような感じでは無かった。しかし重松氏の読みやすい文面に乗って進むうちに止まらなくなった。なぜか?それはやはり不安感を煽られるからだろう。カミさんに「その日」が訪れた時、オイラは何をすれば良いのか?あまり実感が湧かないのは「そんなことあるわけ無いじゃん」と心のどこかで思っているからに他ならない。それは自分の一方的な希望だとも言える。裏返せば、いつかは訪れるという事が否定できないということだ。そんな所をグリッと刺しているから心に残る。そんな一冊なのだ。
実際、過去に何回か「そんなことは起こらない」と思っていた人物に死が訪れた。それでも今の自分は普通に日常を生きている。死とは何も残らない。肉体の生命維持活動が停止し肉の塊となる。本当は死んだ人の気持ちなんて存在しない。あとは残された人の気持ちがあるだけだ。
何も、ずっと憶え続けることが供養じゃないのだ。宗教上それは大切な事なのかも知れないが、人間としてできる事はもっと他にあるはずだ。「その日」の前に何かができること、それは死ぬ人、残る人双方にとって非常に大切な事なのだ。


重松 清
その日のまえに