aikoとELTとな
先日のカミさん誕生日
にプレゼントと称して家計で購入したCD2枚。aikoの7thアルバム「彼女」とEvery Little Thingの10周年アルバム「Crispy Park」であります。aikoのアルバムの中では「瞳」という曲をカミさんに聞いて欲しくて選択。ELTの方は全体的に昔よりまったりというか、ゆったりした感じになってるようなのでカミさん好みになったんじゃないかと思って。まぁ、自分的には「恋文」という曲を聴きたかった(もちろんカミさんにも聴かせたい)というのもあるのですが…。
いや、しかし、どーもこの「恋文」という曲を聴くとカミさんに申し訳ないというか、色々な反省と願いがオイラの胸中で交錯する。いつも聴く時に変わらないのはオイラとカミさんの関係に当てはめてみること。
僕のためだといって
君がついた嘘なら
僕にとってそれは本当で
会えないこの間に少しずつ君が変わっても
想い続けられたら
なるようにしかならない
そんな風にしては
いつも手放してきたこと、
大切なものを
信じ続けることは
とても容易くはないけど
ほんのわずかでも…
僕が見つめる先に
君の姿があってほしい
一瞬一瞬の美しさを
いくつ歳をとっても
また同じだけ笑えるよう
君と僕とまた、
笑いあえるように…
作詞は持田さんなんだねぇ。本来の意味とは違う捉え方をしているかもしれないが、この先、カミさんがちゃんとオイラの前に居てくれることを願う。最近は仕事ばかりで家に帰れば寝るだけの生活。カミさんとの会話も激減し、たまに話すと意見が食い違う。お互いにそれぞれの理由で寝不足だったり栄養不足だったり休養不足だったりして、イライラっとくることもある。特にここの所、オイラは今の仕事にホトホト嫌気がさしてる状態で、それじゃあ将来どうすんのか?(収入とか家の購入とか…)という切実な話しもしたりする。そうすると益々言い合いが激しくなる。
しかしね、この曲を聴いて、やはりこれから先、長い将来、カミさんと暮らしていきたい自分がいる事を再認識するわけで、もしも自分が…もしもカミさんが…何らかの理由で消えてなくなるような事になったら、それはそれは悲しい事だということに気付くわけですよ。やらなくちゃいけない事は沢山あるわけですが、それにもまずカミさんが側に居てくれないと何にもできないわけです、オイラ。
んで、凄く疲れた時やカミさんと言い合いをした翌朝などにこの曲を聴くと、先日のような感じに なってしまうわけですな。カミさんへのプレゼントとして買ったCDでオイラが身につまされるとは…何とも申し訳ない。
ところでELTは良い具合にまったり感というか、大人な感じになって非常に良いと想うのですが、持田嬢の歌い方はやはり気になる。芝居をやっている人は誰でもそうじゃないかと思うのだが、他人の発声や滑舌が妙に気になるのだ。持田嬢の滑舌悪い感じで(けだるそうに)歌う時もそう。例えばオイラがCHARAとかを好きじゃないのは、そういう理由が大きい。まぁ、声も楽器の1つとして聴けば良いのでしょうけど、歌詞を聴き手に伝えきれない歌手って、ちょっとどうかとも思うのだ。
…ところがだ。先の「恋文」という曲、他のアルバム収録曲と持田嬢の口の動き(と舌の動き)が全然違う。シングルカットされている曲なので別収録なのかもしれないし、何か演出意図があるのかもしれない。そう勘ぐれるほど大きく違うのだ。この歌い方ならオイラでも歌詞はハッキリ聴き取れる。演劇人も納得の歌い方である。そういう意味でも、この曲は同アルバムの中でもダントツで気に入っている。
ちなみにaikoは、ELTとは対照的に滑舌は良い。その代わり、彼女の曲の特徴として音程の上下が激しい曲が多いのが気になる。「瞳」についてはゆったりと歌っているので安心して聴くことができるので、まぁ良いのですけど。
もともとオイラって音痴だしね、楽器だってロクに弾けたもんじゃない。他人様の音楽をどうこう言える立場じゃないかもしれないが、とりあえず少なからず「好み」ってのもあるって事をご理解いただきたい。ご静聴ありがとうございました。ぺこり。
