4月になりましたね。
新年度、はじまりの月。
数年前のたしか4月くらいに、にツイッターでこのようなツイートを見かけました。
「新社会人へ。人を簡単に信じてはいけません。まず疑って入ることが大切です。信じるのはある程度の期間が必要です。騙されないように気をつけましょう。」
新社会人へ向けてのアドバイスでしょう。
このツイートがたくさんリツイートやお気に入り(現いいね)されていていました。
それだけ共感している人が多かったということです。
「疑う」ことがいいと考えている人はこんなに多いのかとびっくりしました。
僕は「信頼」から入る考え方をブログでも書いているように、逆の考え方ですね。
昔は僕も「疑う」方がいいと考えていたので、気持ちはわかります。
どうして「疑う」方がいいのか?そうアドバイスするのか?
「騙されないように」
というのが目的ですよね。
僕自身、人に騙されて本当に痛い目にあった経験がきっかけで、人は簡単に信じてはいけないなと思っていた時期がありました。
「もうこんな辛い思いしたくない、もうこんな痛い目にあいたくない、もう騙されたくない」
そのためにはどうすればいいのか?
人を信じずに、疑えばいいんだ!
最初に疑っていれば、騙されずに済んだ。疑っていればこんな痛い目にあわなかった、辛い目にあわなかった。
騙されないように、人を疑う。
この方法は、騙されることを回避する方法のひとつとして正しいですよね。
「人を疑いましょう」というアドバイスする人は、僕と同じように誰かに騙されて辛い思いした経験があるのかもしれない。
そういう辛い思いを他の人もさせたくない、という親切心からのアドバイスかもしれません。
しかし、いまの僕は、この回避方法は幸せな回避方法ではないと言います。
人を疑ったほうがいいと考えている人でも、本当は人を信じたい、人を信頼したいと思っていませんか?
でも、はじめから人を信じるのは難しい(騙されるリスクが高い)から、疑うしかないと思っているのではないでしょうか。
これはギブ&テイクの話に似ていると思います。
ギブ(与える)ことは、どの世界でもそれは素晴らしい価値観だという人が多い。
これはギブ&テイクの研究調査によってわかったことです。
しかし、実際はギバー(与える人)は少ないんです。
理由は、奪う人がいるから。
自分は与えるだけで、奪う人がいたら、自分だけが損してしまうから、なかなかできないんです。
与える人の方が幸福度が高い。
疑うより信頼する人の方が幸福度が高い。
これは心理学的にも言えます。
ただし、無策に与えるのは、底辺に行ってしまう、というのも研究ではっきりわかったことです。
信頼も同じでしょう、何も考えずに信頼するだけでは、利用されて幸福度は高くなるどころか、底辺まで落ちていくこともあるでしょう。
ただ、与えましょう、信頼しましょうってのは、綺麗ごとなわけです。
与えることも信頼することは、気をつけることがあります。
与える、信頼する考え方は、てっぺんか底辺か?どっちにもいけます。
与えない、疑うって考えかは、底辺にいかないで済む考え方ですが、てっぺん(幸福度高く)にも行けない考え方なんです。
つづく