色んな人と会いたい。
いつからかそんな願望がふつふつ湧いてきて、自分でも知らぬ間に生活の重要な位置を満たしていたような気がする。
教員になりたい。
思い返せば、中学生のころから漠然と持っていた将来プランのひとつ。今から逆算して考えると、それは笑っちゃうくらいいかにも、自分らしい。
人と深く関わりたい。そして、いい影響を与えたい。
とにもかくにも、自分はとことん人が好きなんだなー、と思う。
そんな自分にとって9月に行った教育実習は、普通の大学生ではなかなか出会い得ない人たちと他ではできない関わり方で接することのできる、形容し難いほどに貴重な時間だった。
実は、今日が直接学校に行く最後の日だった。
事務的なもので大した時間いたわけでもない。にもかかわらず、こっちを見た途端にわっと相好を崩す生徒もいれば、憎らしい口を吐いてくる子もいて、ひと月の時間が詰まっているように思えた。
学校の特色かもしれないけれど、中学生はやっぱりみんな素直でかわいい。まじめな子はもちろん、無駄にプライドを持ってつんけんしてるやつも、ちょっとしたことをまるで自分の功績のようにしゃべるやつも、純粋だなーって思う。
昨日かな? 実家で母親に話したら「大人になったんだよ」って言われたけど、そうなのかもしれない。「普通は自分に子供ができてから気付いてくる」、とか自分先取りしすぎだろ……。だけど、たぶん成長したという以前に、そもそもやっぱり子どもが好きなんだろうな。
中学生と言えど、尊敬できる人はいる。これも、実習で確認できた重要なことのひとつだと思う。
アブノーマルかもしれないけど、自分は誰かを見るときに、年齢とか男女とか以前に人間としてのその人を受け取るくせがある。だから、ひと月過ごす中で、驚くほどかっこいい人だなと思う瞬間、生徒を見つけることもできた。やっぱり色んな人と会うって大事だな、とつくづく思った。本当に色んな人と。
そう言えば、帰りの電車で友だちから「今の会社の満足度は?」って訊かれた。
「95%」
どこに入っても100%とは言わなかっただろうと思う。だけど、この後で付け足した通り、働きだしてからどうなるかは分からない。
就職活動は目的じゃない。まず自分がやりたいこととか願望ありきで、就職活動はそれを実現するための手段にするべき。
自分が長い就活の間ずっと大切にしてきたこと。約9カ月だれることなく、苦しさも楽しんで続けてこれたのは、この考え方をきちんと持てていたからだと思う。そうじゃなきゃ、将来を悲観して、内定がない状態に耐えられなかったかもしれない。
就職活動は手段。
社会に出てからも同じなんだろうなー。会社で働く、というより自分は会社を利用して、そこにいる人を巻き込んで、何ができるかを考えたい。会社も、手段。だとすれば、今はまだスタートラインに立っただけ。でも、ちゃんと自分の今後の人生の目的が実感として持てているなら、スタートを切るのは何も怖くないし、その後もきっと揺らがないだろうと思う。
たくさんの人に、いい影響を与えたい。
教師に抱くものと、実は根本の想いは大差ない。生徒にもちゃっかり話したように、「伝える」という意味では教師も広告もたぶん同じように魅力的で、だけどもっと多くの人に影響を与えたいと思ったから広告業界を選んだ。伝える努力がなければ、どんな優れた発明も世の中を変えることはできない。どれだけ泣ける映画だって、誰ひとり感動させることができない。伝える側にいる人は、そこをコントロールする責任がある。どう影響を与えて、どう動かすか。たくさんの人を動かすことができるその力は、世の中を動かす可能性に溢れているな―ってしみじみ思う。
この力を使って、どれだけ多くの人にいい影響を与えられるか。
結局、手段を変えてもいつだって自分のやりたいことは同じ。手段と目的さえ履き違えなければ、少なくとも「95%」をずっと言い続けられる人生にはなるだろうな。
いつからかそんな願望がふつふつ湧いてきて、自分でも知らぬ間に生活の重要な位置を満たしていたような気がする。
教員になりたい。
思い返せば、中学生のころから漠然と持っていた将来プランのひとつ。今から逆算して考えると、それは笑っちゃうくらいいかにも、自分らしい。
人と深く関わりたい。そして、いい影響を与えたい。
とにもかくにも、自分はとことん人が好きなんだなー、と思う。
そんな自分にとって9月に行った教育実習は、普通の大学生ではなかなか出会い得ない人たちと他ではできない関わり方で接することのできる、形容し難いほどに貴重な時間だった。
実は、今日が直接学校に行く最後の日だった。
事務的なもので大した時間いたわけでもない。にもかかわらず、こっちを見た途端にわっと相好を崩す生徒もいれば、憎らしい口を吐いてくる子もいて、ひと月の時間が詰まっているように思えた。
学校の特色かもしれないけれど、中学生はやっぱりみんな素直でかわいい。まじめな子はもちろん、無駄にプライドを持ってつんけんしてるやつも、ちょっとしたことをまるで自分の功績のようにしゃべるやつも、純粋だなーって思う。
昨日かな? 実家で母親に話したら「大人になったんだよ」って言われたけど、そうなのかもしれない。「普通は自分に子供ができてから気付いてくる」、とか自分先取りしすぎだろ……。だけど、たぶん成長したという以前に、そもそもやっぱり子どもが好きなんだろうな。
中学生と言えど、尊敬できる人はいる。これも、実習で確認できた重要なことのひとつだと思う。
アブノーマルかもしれないけど、自分は誰かを見るときに、年齢とか男女とか以前に人間としてのその人を受け取るくせがある。だから、ひと月過ごす中で、驚くほどかっこいい人だなと思う瞬間、生徒を見つけることもできた。やっぱり色んな人と会うって大事だな、とつくづく思った。本当に色んな人と。
そう言えば、帰りの電車で友だちから「今の会社の満足度は?」って訊かれた。
「95%」
どこに入っても100%とは言わなかっただろうと思う。だけど、この後で付け足した通り、働きだしてからどうなるかは分からない。
就職活動は目的じゃない。まず自分がやりたいこととか願望ありきで、就職活動はそれを実現するための手段にするべき。
自分が長い就活の間ずっと大切にしてきたこと。約9カ月だれることなく、苦しさも楽しんで続けてこれたのは、この考え方をきちんと持てていたからだと思う。そうじゃなきゃ、将来を悲観して、内定がない状態に耐えられなかったかもしれない。
就職活動は手段。
社会に出てからも同じなんだろうなー。会社で働く、というより自分は会社を利用して、そこにいる人を巻き込んで、何ができるかを考えたい。会社も、手段。だとすれば、今はまだスタートラインに立っただけ。でも、ちゃんと自分の今後の人生の目的が実感として持てているなら、スタートを切るのは何も怖くないし、その後もきっと揺らがないだろうと思う。
たくさんの人に、いい影響を与えたい。
教師に抱くものと、実は根本の想いは大差ない。生徒にもちゃっかり話したように、「伝える」という意味では教師も広告もたぶん同じように魅力的で、だけどもっと多くの人に影響を与えたいと思ったから広告業界を選んだ。伝える努力がなければ、どんな優れた発明も世の中を変えることはできない。どれだけ泣ける映画だって、誰ひとり感動させることができない。伝える側にいる人は、そこをコントロールする責任がある。どう影響を与えて、どう動かすか。たくさんの人を動かすことができるその力は、世の中を動かす可能性に溢れているな―ってしみじみ思う。
この力を使って、どれだけ多くの人にいい影響を与えられるか。
結局、手段を変えてもいつだって自分のやりたいことは同じ。手段と目的さえ履き違えなければ、少なくとも「95%」をずっと言い続けられる人生にはなるだろうな。