前回の続きですが、ここからは、スマホ小説を作り始めた頃の話です。

僕らは六本木に事務所を開き、二つデスクを置いてスマホ小説を作り始めました。
最初は、ひたすら試行錯誤の連続でした。
なにせ、誰も作ったことがないモノを作るんですから見本がないわけです。

まず、僕が取り掛かったのは、動画部分の絵コンテです。
ただ、僕は絵コンテなど作ったことがありませんでした。
まあ、いつものことで、THE自己流です。
小説と同じですね。
「伝わればいいんだ」です。
ただ、僕は死ぬほど絵が下手なので、顔は丸に点々みたいな感じでしたね。
さすがの千田さんも「まあ、どうにか分かります……」という反応でした。
でも、千田さんも楽しそうでした。
そう、文化祭のノリだったからでしょう。
まあ、素人が作ってるんですから、当たり前ですよね。

同時に、千田さんが作り始めたのはDeepLoveの主題歌です。
まあ、映画にもドラマにもなっていて主題歌もあったので、ある意味で作りにくかったと思います。たぶん、それを超えなくてはというプレッシャーもあると僕は思ってたんですが……。
でも、次に会った時は「デモが出来ました」と言うんですよ。
あまりの早さに驚きましたが、渋谷の喫茶店でイヤホンで聞かせてもらいました。

正直、驚きました。

自分から出た言葉は「完璧ですね……」だけでした。
「yoshiさんが、望んでいたのはこれでしょ?」と千田さんは満足げに笑っていましたね。
本当にDeepLoveの世界観を表してくれたモノでした。
「これが、プロフェッショナルなんだな」っと、つくづく思い知らされましたね。

僕はプロフェッショナルとは何かと聞かれたら、いつもこう答えます。
「それは、お客さんの要望に120%答える」というものです。
これは、予備校の先生の時も、作家の時も、作詞も、映像を作る時も同じです。
自分が作りたいモノ、やりたいことは、二の次だと思うんですよ。
感動させて欲しい人には感動を、笑いたい人には笑いを提供するのがプロの仕事です。

そんな意味で、彼は本物のプロフェッショナルだったと思います。

ちなみに、この業界で裏方のプロになるには覚悟が必要です。
この業界に憧れる人は、たいがいは輝かしい表舞台に立ちたいと思います。
千田さん自身も、若い頃にバンドでデビューを目指していたようです。
でも、叶わないと判断してから、裏方で生きる道を選んだと言っていました。
その判断がなかなか出来ないものなんですよね。
腐って辞めてしまう人が、本当に多いんです。

じつは、この世界の華やかな部分は、彼のようなプロの裏方がいて成り立っています。

その後、僕らは、イラストレーターを千田さんの旧友に頼んで、イラストの制作に入りました。
でも、そこからが大変でしたね。
イラストの方は、じつは絵コンテを専門にやっていた方だったんですよ。
イラスト自体は良かったんですが、オーダーに応えて描くのは初めてだったんですよね。
ただ、その方も、多くの人に見てもらえるチャンスと思って頑張ってくれました。
まあ、その後の絵コンテ制作は助かりましたが…。

まず、最初の主人公のアユの絵が決まるまでに、何度書き直してもらったか。
そのうちに、千田さんと僕の言い合いにまで発展しました。
これは「アユじゃない」とか「じゃあ、どんなのがアユなんですか?」みたいに…。
まあ、元々、アユは架空の存在なんで、コレなっていうのはないんですが……。
僕の中には、アユのイメージが出来上がっていたんで、それに近づけたかったんですよね。
それだけでも、一ヶ月は要したと思います。
でも、最後は互いが納得したアユになりました。

その時の事で、二人で大笑いしたエピソードがあります。
アユの援助交際のシーンだったんですが、そのイラストが送られてきた時のことです。
裸のアユの姿を見た二人は、しばらく黙り込んでしまったんです。
そして、互いの顔を見合わせて発したのは「何かドキッとした」という言葉でした。
そう、もうイラストのアユに、感情移入をしていたんですね。
すごく、イヤらしく感じたのと、なにかムカついたりと……。
でも、この時に二人で話したのは「これで、読者も納得してくれるね」でした。
なにせ、僕らがアユを好きになっていたんで。

そんなこんなで、最初に出来上がったのが、ホームページに掲載してある。
DeepLoveのプロモーションビデオです。

これを作るだけで、3ヶ月くらいは掛かった気がします。
初めてのことばかりで、調整に次ぐ調整でしたね。
とくに、イラストは予算上、全部書いて貰っているわけではないんですよね。
まして、当然、静止画なので、絵がずっと同じになってしまうんです。
なので、アップにしたり、方向を変えたりと、文章に合わせて変える努力をしていったわけです。

ただ、ある部分で、どうしても表現したいことが出てきたんです。
それは、アユに涙を流させたかったんですよね。
でも、泣いているイラストを書いてもらっても、それは叶いません。

すると、千田さんは簡単に「出来ますよ」と笑って言ってくれました。
まず、涙のイラストをオーダーし、それをソフトに取り込んで、後はどう動かすか設定したんです。すると見事に、アユの瞳から涙が流れ落ちました。
さすがに、動画編集のプロだと感動しましたね。

アニメならこんなやり方はしないんですよね。
でも、それが新しい味になったような気がしました。
ただ、その後、色々なモノが動かしたくなり、千田さんは大変な思いをする事になりました。
パオ(犬)を走らせたり、おばあちゃんの体を震わせたり……。
そんな苦労も、読者の方に見てもらいたいですね。

その後、DeepLove 0 「パオの物語」、新作の「オッパに恋して…」の制作に入りました。
そして、1年の歳月が経ち、全て作り終えられると思った時でした。

その日、千田さんから「風邪で休みたい」という連絡が入りました。
「珍しいこともあるな」くらいに思ったんですが、次の連絡は「肺炎になった」というものでした。

次回に続く。