先月末、横浜の丘陵地にある有料老人ホームに私の母方のイトコ4人で叔父を訪ねた。私にとっては何と22年ぶりの再会だった。まずビックリしたのは有料老人ホームに行ったのは今回が初めてだったのだが、まるでホテルのようなエントランス、ロビー、レストランだったことだ。余生を送るのにはこのような所もいいのかと思うが、何もかもが整いすぎて、人間本来が持ち合わせている生命力にとっては恵まれすぎる分、かえってそれが失われてしまうのではないかと思って、本当に理想的なのかと考えさせられてしまった。
しかしそれよりも驚いたのは叔父がしばらく見ない間に全く別人のようになってしまったことだ。
叔父は開業医をしていて尊敬すべきしっかり者だったが、今は認知症が進み私達(彼の息子も)全くわからない。跡を継いで開業医をしている私のいとこが脇を支えてやっと歩けるといった状態。85歳を超えたとは言え、余りに変わり果てた姿にショックを受けた。一方で人間が歳をとればある程度は自然な姿なのかもしれないという考えも頭をよぎる。
件のイトコは言った。「親父は生活習慣の蓄積でこのような状況になってしまったところもあるのではないだろうか(つまり防ぐことが出来た可能性もあるのでは)」と。彼の中では肉親としての親父を思う気持ちと医者の立場からの思いとをどのように整理をつけているのだろう。認知症は全てではないが生活習慣の要因も大きいとの判断だ。
自分たちも30年近く後には迎えるかもしれない世界。一体どのように備える?私には明確な答えなど見出せずに、横浜のホテルでのイトコ会の昼食を終え、東京から相馬行きのバスで福島に戻った。何か考えさせられる訪問であったのでホッとする到着だった。