「四十九日DAYS」
こんにちは。
ご訪問
こころよりありがとうございます。
いま「ある」ものに気付いて
心豊かに生きていく
心の豊かさナビゲーター
Yoshi(世史)です。

このまえは
薬剤師になるまでの
おはなしをしました。
(そのお話はこちら)
きょうは
薬剤師になってからの
おはなしをしますね。
やっと、働きはじめました。
今では学校で学んだ
成分の名前のお薬も
(ジェネリック医薬品)
ありますが
あの頃はほとんどが
商品の名前でした。
なので、一から覚えなおし。
ガーン!
「何のために
あんなに必死に覚えたんだ!」
少し怒りすら湧いてきました。
現場に出て
ずっと感じていたのは
高校や大学のときにも感じた
もやがかかったような感じ。
苦手な理系の仕事に就き
「この仕事
私に合っているのかな・・」と
悩むことも
しばしばありました。
あれから20数年
今、振り返ると
薬のことも
わたしの中に残っていますが
それよりも
患者さんと
話したことのほうが
わたしの中に
深く残っていました。
その時はどうしようもないと
思うことが
多かったけれど。
薬を通じて話す。
そんな日々も
20年もたつと
なんと12万回を越えていました。
わたしは
よく患者さんから
話しかけられました。
実習中も
話しかけられるわたしに
指導者が中に入ることも
たびたびでした。
違和感に悩みながら
薬剤師になったことを
なんとなく
分かるようになってきた
今日このごろ。

今日は
薬剤師になって
今振り返って思うことを
お話ししました。
あしたは
患者さんと話したことを
おはなししますね。
今日もお読みくださり
ありがとうございます。
心の豊かさナビゲーター
Yoshi(世史)
こんにちは。
ご訪問
こころよりありがとうございます。
いま「ある」に気づいて
心豊かに生きていく
心の豊かさナビゲーター
Yoshi(世史)です。

今日から
私のこれまでについて
おはなししますね。
ちょっと長くなるので
きょうは薬剤師になるまでの
おはなしです。
わたしは高校まで
本が好きで
空想にひたっているような
まったくの文系タイプでした。

でも
高校3年になったとき
バイオのことをきいて
「おもしろそう!」と思い
理系に転向しました。
ふつう、この時期にしません・・。
私は
「おもしろそう!」と思ったら
走りだしているところが
あります。
「ふつうは・・」とか
「他のひとは・・」とかで
諦める事ができません。
それからは
放課後に先生をつかまえて
教えてもらう日々。
難しかったけど
目標がなかった
それまでより
ずっとイキイキしていました。
もちろん受からず予備校へ。
授業はとてもわかりやすくて
とても楽しかった。
そして
オシャレを楽しむように
なりました。
とても自由だったので
高校より
ずっと明るく楽しかったです。

でも、なかなか理系頭には
なかなかなれず
成績は低空飛行。
ずっと判定は合格ライン下。
無理かもしれない・・と
不安もあったところに
合格通知が!!
父親と
ジャンプして喜んだのを
覚えています。

でも、
大学に入ってからは
ますます
理系頭ではないと
痛いほど感じる日々。
全然分からない・・。
高校の時と同じように
分かった感覚がないまま
授業を受ける日々。
だけど
また予備校に通いはじめると
よく分かるようになりました。
今までの分を取り戻すように
勉強して
まわりみちしながらやっと卒業。
そして、つぎは国家試験。
また予備校で
自由な雰囲気で学びながら
ギリギリで薬剤師に。
(親にはとても負担をかけました)
でも「さあ、就職!」という段階で
お金と責任の重さに
こわくなって
逃げだしたくなってしまいました。
そんな時、ラジオから
「お金は”ありがとう”が
形になったものなんだ。
だから、お給料は
社長から働いてくれた人への
”ありがとう”なんだよ」
というメッセージを聞き
「働くっていいな」と思えて
やっと「働きはじめよう」と
思えるようになりました。
みなさまは
お金ってどういうものだと
考えてますか?

今日もお読みくださり
ありがとうございます。
今日は
薬剤師になるまでの
お話でした。
つぎは
薬剤師になってからの
おはなしになります。
心の豊かさナビゲーター
Yoshi(世史)
はじめまして
ご訪問
こころよりありがとうございます。
いま「ある」に気づいて
こころ豊かに生きていく
こころの豊かさナビゲーター
Yoshi(世史)です。

きょうは
わたしのことについて
おはなししたいと思います。
わたしは
いままで20数年間
薬剤師をしてきました。
そして今
もうひとつの活動をはじめました。
それは
”遺されたときに支えになる"もの
をつくる活動です。

なぜこのような活動を
はじめたかというと
いままで薬剤師をして
患者さんとの出会いのなかで
印象的なことがあったからです。
(6つに分けてお話しします)
~1.つくりたいと思ったきっかけ~
~2.「四十九日」という時間~
~3.知られていない「四十九日」~
~4.いのちのはかなさ~
~5.悲しみだけではない別れ~
~6.これからの夢~
~1.つくりたいと思ったきっかけ~
あるとき
遺族になった方から
つぎつぎと相談されました。
「お姉ちゃんが急に亡くなったの。
わたし、泣いて食べて寝るばかりで
なにもできない」
「弟が亡くなって、声がでない・・」
「ひとりになって
何かあったらどうしようとおもうと
くすりをのんでも眠れない」

聞いていて私は
「自分がひとり遺されたら…」と
考えてしまいました。
真っ暗なへやで
たったひとり
膝をかかえて落ち込んでいる姿が
目にうかび、怖かったです。
ただでさえ対人関係の苦手な私は
だれかに助けを求めることができず
ひとりで耐えていました。
とくに
眠れなくなったことのある私は
薬がきかない不眠に
怯えていました。

「こんなことになったら
どうしよう・・。
もしかしたら
藁をもすがる思いで
怪しいものに
頼ってしまうかもしれない。
きっとその時は
何も判断できない。
今のうちにちゃんと
”遺されたとき支えになるもの”を
準備しよう」
そう強く思いました。
そんなとき
ある年配女性が
こう教えてくれました。
「お葬式のあと眠れなくなったの。
娘がいるけど
付き合わせる訳にも
いかないしね。
でも
夜起きている人と
SNSでつながって
乗り越えることができたのよ」と。
「そうか、WEB上に
眠れない夜を過ごせる場所が
あったらいいな・・」
そう思いました。

~2.「四十九日」という時間~
相談されてから2ヶ月たって
お姉さんが急死した方と
ふたたびおはなしをすると
ポツリと
「お姉ちゃんは亡くなったのよね・・」
とつぶやかれました。
そのようすをみて
「ひとって、2ヶ月たつと
別れを受けいれていくのかな・・。
2ヶ月って
だいたい7日×7週間
あっ!
四十九日ってこういうこと!」
はじめて気づきました。

~3.知られていない「四十九日」~
そこから
「四十九日」に興味をもって
しらべてみたら
意外なことにおもしろかったのです!
「四十九日」って実は物語でした。
どんなお話かというと
亡くなった方は
「あの世」にむかって旅にでます。
その「あの世」が
どんな世界なのかを決めるために
四十九日かけて
「この世」でのおこないを審判する
というお話です。
審判は七日おきに7回あります。
その審判に「この世」から
声援をおくるのが
法要なのです。
こう考えると
法要も参加している気がして
お経の声にも力が入りませんか?

そして
最後の四十九日目には
次がどんな世界になるかを決める
とても大切な審判がはじまります。
それで親族、皆があつまって
最大の声援をおくっている
というわけです。
だから「四十九日」と言われ
その法要は
いまでも残っているのです。
でもね
これって
よくかんがえると
法要することで
ひとりのお坊さんが
週に一回、遺族を見守っている形に
なっていませんか?
遺族が一人きりに
ならないようにしている・・。

気になってお坊さんにきいてみると
「四十九日たつと
家族の後追い自殺がぐっと減る。
そのため、「四十九日」まで
忙しくさせている」と
おしえてもらいました。
「四十九日」って
遺された方のためのもの?
そう思いました。
わたしがほしいと願った
”遺されたとき支えになる”ものが
「四十九日」のなかにあった。
そのことにとても感動しました。

でも、わたし
そんなこと今まで知らなかった。
「いまこれを知っている人
どれくらいいるんだろう?」
そう思って
いろんな人に話してみると
「知らなかった。おもしろいね!」
ほとんどの方がそう言われました。
「大切なことが伝わっていない・・」
お葬式の後、「四十九日」の法要まで
何も関わりがないと
わたしが見た遺族のように
混乱する2ヶ月を
一人にしてしまうことになる。
せっかく
良いしくみがあるのに
これでは
「四十九日」の良さは
伝わらない・・
わたしや出会った遺族のように
遺されたときに
信頼できる支えを必要とする人は
きっといる。
このしくみを活かしたい!
もっと
遺された方のための
「四十九日」にしたい。
そんな想いもあって
”遺されたときに支えになるもの”に
「四十九日DAYS 」という名前を
つけました。
~4.いのちのはかなさ~
ある朝、職場にいくと
「Aさん、ゆうべ亡くなったんだって」
とおしえられました。
「えっ!きのう帰るとき
『またあした!』って別れたのに。
そんな、亡くなったなんて
信じられない・・」
Aさんは
家族の看病をしていました。
だから
先に逝くなんて
だれも考えもしなかったのです。
きっと病にあったご家族も・・。
もし、自分が余命を告げられたとき
このようなことがあると知っていたら
話すことも違っただろうと
ご家族の無念を
おもってしまいました。

このショックな死が
やっと受け止められて
気づいたことは
『「生」と「死」は
すぐそばにある。
あしたも生きているなんて
だれにも分わからない。
だから
一緒にいる「今」を
大切にしよう』
ということでした。
~5.悲しみだけではない別れ~
この”今あるしあわせ”への気づきは
愛犬との最後の別れとき
わたしに
「悲しみだけではない別れ」を
おしえてくれました。
別れは悲しかったけれど
「いのちは終わる。
しかも
それがいつなのか分らない」
という気づきが
「来るべきものがきたんだ」という
受け入れになり
『かぎりある時間のなかで
一緒にいる時間をありがとう』
という感謝になって
あたたかく胸にひろがりました。
その感謝は、わたしを
悲しみから癒してくれました。
このことは
わたしにとって大きな気づきでした。

『最後の別れ』について伺うと、
考えたことがない方や
「考えたくない」といわれる方も
いらっしゃいました。
でも、その方に
『別れを考えたくないほど
たいせつな人と今、
一緒にすごしているんですね』と
つたえると
なにかに気づいたような顔を
されました。

~6.これからの夢~
これらの経験からわたしは
”遺されたとき支えになる”
「四十九日DAYS」をつくり
遺されたとき
”一人でがんばらなくていい”と
伝えることで
今『ある』しあわせを
大切に感じられる世界を
つくりたい思うようになりました。

さいごに
みなさまにお願いがあります。
遺されて
眠れない夜に苦しんでいる方が
多くいらっしゃいます。
乗りこえた経験
また
このようなものがあると助かるなど
あなたの声をお聞かせください。
参考にさせていただきたいと
思っています。
こころよりお待ちしています。
ここまで長くなりましたが
最後まで読んでいただき
本当にありがとうございました。
どうぞよろしくお願いします。
こころの豊かさナビゲーター
Yoshi(世史)

