原題:トシコばあちゃん(2007年08月02日20:05 )
去年廻った総合内科の実習の担当患者さん。
Malignant Lymphomaのトシ子ばあちゃん。
厳密に言えば、「AITL(*下記注)」。
『あんた、早くここの院長になってさ、私を助けとくれよ~。』
『先生より、あんたの方がちゃんと説明してくれるよ。』
『おまえさん、賢いから、この病気だって治せるよ。』
『あたしも頑張るから、あんたも、しっかり頑張るんだよ。』
「じゃね、また来るよ。」「ありがとね~!!」
そやって、いっつも、ばあちゃんの手を握って、帰るんだ。
ゴツゴツのトシ子ばあちゃんの手は、熱のせいなのか、すげー熱くって、「生きてる」って感じがした。
正直、あと、もって半年くらいだと思ってた。
だから、先月のテスト期間中もかなり心配だった。
今年の4月に最後見たときは、ものすごい元気でプクプクに太っていて、血中の芽球(blast)も増えてなかったし、IL-2Rもよく抑えられてた。
ひょっとして「このひと、治ったんじゃん?」っていう位、元気だった。
でも、悪性リンパ腫は、油断ならない。
再発したら、あっという間だから。
いろんな話をしてくれた。
某財閥系商社の大連支社長の裕福な家の娘だったトシ子ばあちゃんが終戦後、大連から、命からがら引き上げてくる話。
近所のバカ犬の話。
野菜嫌いの話。
大学で柔道が強かった自慢の長男が若くして、自殺してしまう話。
厚木のよく行く洋品屋さんの話。
自分がどんだけ注射が嫌いかっていう話。
スーパーは「OK」か「イトーヨーカドー」かっていう話。
正月は退院できたけど、家でゴロゴロしてて、結局寝正月で終わったっていう話。
最近、ニートのダメ次男(既に50歳超だけど)が自分のお見舞い・寝たきりの旦那の介護・家事を全部やってくれて、「『今』が生きてきて、一番幸せだ」っていう話。
この病院の人たちはみんな自分を元気にさせようとしてくれてるから、頑張らなくちゃいけないっていう話。
40度近く熱発して辛い時でも、寝ているときでも、僕が来ると、
起き上がって、感染防止のマスクを外して、「自慢の大声」で
ベッドサイドで、人生のいろんなことを教えてくれた気がする。
病棟から連れ出した病院の下のコンビニで、不味い病院食のおかずに「ごはんですよ」か「大人のふりかけ」を買うか、
二人で散々戦った。
お会計のレジでお金を払いながら、トシ子ばあちゃんは、周りをキョロキョロ見回して、僕の白衣のポケットに、1000円札を2枚押し込んだ。
デカイ声のトシ子ばあちゃんが小声で(十分デカイんだけど)
「おこづかいだよ。」
その仕草がなんとも言えず、かわいかった。
その日は、ちょうどトシ子ばあちゃんの77回目のお誕生日だった。
だから、僕は3000円のお花を買ってあげた。
なんかよくわかんないけど、黄色いお花のバスケット。
明るすぎるトシ子ばあちゃんには、黄色が似合うと思ったんだ。
夕飯中に花を持っていったら、トシ子ばあちゃんは、すごく嬉しかったみたいで、夕飯食べるのを放り出して、泣き始めた。
病院の下品な白いドンブリ飯に、さっき買ったばかりの「ごはんですよ」がかかっていた。
7月中旬、カルテを見たら、厚木S病院に転院していたので、試験終わった直後に、なんかよくわかんないけど、黄色い花のバスケットを買ってお見舞いに行った。
でも、もういなかった。
7月5日に退院している。
死亡退院だった。
最期の「ありがとね~!!」は、こっちの台詞だった。
泣いた。
と同時に、自分を情けなく思う。
医者なんて、好き好んで「人の死」に、あえて突っ込んでいく職業だ。
こんなことで悲しんでたら、これから先やっていけるわけがない。
でも、正直、こんなに悲しいことが起こるなら、医者なんかになりたくないとも思う。
でも、こうやって、強くなる。
こういう思いは、必ず生かす。
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AITL(angioimmunoblastic T cell lymphoma)。
悪性リンパ腫といえば、ほとんどがB細胞型なんだけど、これはT細胞が増殖する亜型。
ちなみに、B細胞型は、B細胞マーカーであるCD20標的の分子標的薬(Rituximab;リツキシマブ)が効く。
T細胞型は、当然CD20を発現してないから、この最新のお薬が効かない。つまり、予後最悪のagressive typeに分類される。