<北朝鮮内部>漂流漁船の正体は何か? 荒唐無稽な工作船説
日本の排他的経済水域に入って来た北朝鮮漁船に放水する海上保安庁の巡視船。2017年7月撮影海上保安庁
日本海沿岸に北朝鮮から続々と流れ着く木造船。なぜ今、漁船漂着が集中しているのか? 北朝鮮国内の状況を調べた。(石丸次郎)
バラバラになった船も多かったが、原型を留めていた秋田、北海道に漂着した木造船を見ると、船の中央に物干し台のような構造物がある。7月に日本の排他的経済水域の大和碓付近で海上保安庁が撮影した写真の船と酷似している。構造物ではイカが干されていた。
北朝鮮のイカ漁船が海上保安庁の巡視 船に放水されている。2017年7月撮影 海上保安庁
◆軍が魚獲り?
北海道松前町に沖に漂流して来た船には「朝鮮人民軍854部隊」の看板が掲げられていた。このため、軍が魚獲り? と誤解する向きが多かった。軍と水産業の関連を簡単に説明しよう。大きく分けて二つの方式がある。
1990年代の経済混乱期、経済破綻に直面した金正日政権は、朝鮮人民軍に対して食糧など最低限の物資補給もできなくなり、食糧や被服、日常の消費物資を各部隊が自己調達することを求めた。資金が必要になった軍では、「後方供給所」という兵站を担当する部署が水産事業に乗り出した。魚介類を売って必要物資を買い、また漁獲の一部を兵士たちに供給することにし、民間人に外注を始めたのである。軍が関連する漁労に詳しい元軍人の脱北者のカン・ジウォン氏によれば、「乗船しているのは一般人だが、軍の雑務を担う労務者(軍属)が混じることもある」という。
もう一つは、人民軍が「トンチュ」と呼ばれる新興の金持ちに「軍の看板」を貸して漁業をさせるケースだ。北朝鮮では民間企業はありえない。金儲けを考える「トンチュ」たちは、軍や労働党などの権力機関の傘下企業の名義で水産会社を作る。もちろん「看板料」を払ってだ。このような新式の営利会社は「基地」と呼ばれる。会社の社長は「基地長」と呼ばれる。
路上でスルメが売られている。2008年12月平壌の寺洞区域にて撮影リ・ソンヒ(アジアプレス)
「取り分は船主が6で乗員たちが4。別途に白米を一カ月に15 キロもらっているそうだ」という。船の操舵を知る船長、機関長以外は海の素人だ。小舟で海に出るのは危険だが、仮に一航海で数万円の収入になれば、庶民にとっては大変貴重な現金収入になる。
◆経済制裁の影響は?
一部メディアでは、経済制裁の影響で食糧難が発生して、それを漁業で補おうとして無理をして遭難したという説明しているが、これは誤認だ。現在、北朝鮮全国のどこの市場でも食糧は大量に売られている。しかも、秋の収穫後間もなく、米もトウモロコシも今年最安値水準だ。そもそも魚介類は穀物の代替品にならない。燃料を使って獲った魚でカロリー摂取するというのは割に合わないのだ。イカ漁は金を稼ぐためにやっている。
経済制裁の影響の可能性として考えられるのは、燃料費の高騰だろう。外貨収入減と油類の輸入制限を見越し、北朝鮮当局は4月に供給統制に乗り出し、ガソリンと軽油の市場価格が二倍以上に急騰した。前述の取材協力者は「油の値段が高騰したため、安い粗悪品を混ぜて出漁してエンジン故障がたくさん発生している」と現地の状況を伝えてきている。
年二回のイカ漁シーズンは、小規模「水産基地」にとっても、乗組員にとっても稼ぎ時である。両江道(リャンガンド)の取材協力者は次のように語る。
「今年はスルメが品薄で値が高い。経済制裁のため貿易会社がスルメを仕入れなくなっているのに高値のままだ。以前は1キロ当たり30中国元(約510円)程度だったものが、今は40元(約680円)に上がった。スルメは保存がきくし軽いので密輸にうってつけ。正式な輸出ができなくても中国人の旧正月需要に合わせて密輸を狙っているのではないか」」
相次ぐ漂流船の正体は工作船などではなく、一獲千金を狙い、海の荒れる季節に無理をして出漁した「水産基地」のイカ漁船だと考えられる。