<現地報告>若い北朝鮮女性の不法越境増える 中国でスマホ使い自力で職探し家族に送金

延吉市内の掲示板に貼られた独居老人介助の募集案内。左は「家族は81歳のおじいさん一人。70歳以下のまじめで清潔な人求む」、右は「腰の悪いおばあさん一人。65歳以下のまじめな人求む」とある。2017年10月撮影石丸次郎



7月から10月中旬にかけてのべ30日間、朝中国境地帯に滞在した。世はちょうど核とミサイル騒動で姦しく、トランプ米大統領と金正恩氏が、やれ「ロケットマン」だ、「老いぼれ」だと罵りあっていた頃である。肝心の北朝鮮の人々の姿や声がほとんど届いてこない、そんな不満を抱きながらの取材旅行だった。

吉林省の延辺朝鮮族自治州で北朝鮮から不法越境してきた3人の女性に会った。25歳のジンと名乗った女性は黒ジーンズに白ブラウスの着こなしで、街中では中国人と見分けがつかないだろう。越境して来て1年、住み込みで家政婦をして1カ月3000元(5万円強)を稼ぐ。

「北朝鮮では国営建設会社に勤めていましたが配給はなし。月給は1800ウォン(約24円)で、白米が500グラムも買えない。とても暮らせないので中国に来ました。両親に送金しています。3年稼いだら戻りたい」
という。稼ぎで買ったスマホに、早く戻れと雇い主から度々電話が入る。買い物に行くと言って抜け出して取材に応じてくれたのだ。

先に来ていた故郷の「先輩」が雇い主を紹介してくれたが、今ではスマホを使って家政婦募集の掲示板を見て働き口を探す。
「北朝鮮から来たことは告げます。断られることもありますが、朝鮮族の若い女性が延吉も少なくなったので、受けて入れてくれる家も多い。働いてみて条件が悪かったら、また掲示板で探します」

北京や上海などに住む朝鮮族からも掲示板に募集があり、給与は延辺地区の2倍以上になるという。すでに相当数の不法越境の北朝鮮の人が中国でひっそりと働いているようだ。

「バスの中で何度か同郷の友人に出くわすことがあったんです。ここでは寂しいから嬉しくて。北朝鮮の人間から職探しを頼まれることもあります。延吉だけで数百人はいるのではないか思う。家族に会いたいので北朝鮮にいつかは帰りたいのですが…」
とジンさんは言う。
次のページ:怖くて北朝鮮に戻れない…

(参考写真)商売の不調で中国に越境する女性が増えた。写真は路上で商売をする女性。2012年8月に両江道恵山市にて撮影「ミンドゥルレ」(アジアプレス)



◆怖くて北朝鮮に戻れない




彼女は口にしなかったが、中国での滞在時間が長くなるにつれ、心が揺れるようだ。ジンさんとずっとつきあってきた朝鮮族の取材協力者は、
「韓国行きを相談されています。北朝鮮には怖くてもう戻れないと。そうやって、最後には脱北を決断する人が多い。韓国の人権団体に相談して連れて行ってもらう。不法出稼ぎをしているのは女性ばかりです。男はやはり怖くて住み込みはさせられないから」と述べた。  

60代後半の女性は延辺に来て7年。やはり住み込みで高齢者の介護をしている。月給は同じく3000元。「息子、娘たちに会いたいけれど帰って来るなと言うんですよ。私からの送金を当てにして暮らしていますからね。それに中国暮らしがこう長くなると、処罰が恐ろしくて北朝鮮には帰れません」

北朝鮮から越境してきた女性同士で、たまの休日に公園に食べ物を持ち寄って歌や踊りを楽しむのが慰めだと言う。仲間の中には逮捕されて北朝鮮に強制送還されたり、韓国に行った人がいると言う。

「自分も年を取ったので、人生の終わりをどこで迎えるか悩むようになりました」
と彼女は嘆息した。




◆中国朝鮮族の人口流出で歓迎される




国境警備が厳重になり、この5~6年、越境・脱北して来る人は激減している。よく無事にここまで辿りつけたものですねと、同様に家政婦をしていた30代の女性に訊くと、「お金を出せば道は開けるもんです」と事もなげに言う。北朝鮮から延辺まで連れて来てくれるブローカーがいるそうだ。料金は前金で、親戚からかき集めて支払ったという。

彼女たちを不法越境者だと知りながら雇っているのは朝鮮族(中国籍の朝鮮人)だ。延辺地区では朝鮮族の若者が韓国や日本、中国内の大都市に大量に流出してしまい、朝鮮語話者の労働力不足が深刻だ。老人世帯や赤ちゃんがいる家で、言葉が通じ習慣が近い北朝鮮の女性が重宝されるようになった。飢餓難民でも政治亡命でもない、新しいタイプの越境者が出現しているのだ。

彼女たちに、核やミサイル、金正恩氏についてどう思うか尋ねてみたが、初対面の外国人を警戒してか答えは曖昧だ。60代の女性は「戦争を早くやったらいい。決着が付くのが人民の利益だ」と過激なことを口にしたが、後に彼女を私に紹介してくれた人に、「つい本音を言ってしまったが、北朝鮮当局に漏れることはないだろうか」と不安を伝えて来た。

北朝鮮の人々にとって政権批判がどれだけ強烈なタブーになっているのか、あらためて思い知らされた。(石丸次郎)
※毎日新聞大阪版に10月に掲載された原稿を加筆修正しました。