どんどん悪くなるのだから、今が一番いい。当たり前の話だ。
今、本当にお金に困っている人は「もっと悪くなる」ということを
受け入れたくないだろう。
家族と住宅ローンがありながら、給料15万円の人が「今が、最高」などと、
素直に思えるはずがない。
 
一方、現在極めて順調な人も「今が一番であり、今後どんどん悪くなっていく」とは思
いにくいだろう。
 
しかし、どんな人であっても、「今が、最高」という認識に立つことができなければ、
未来不安予想図は、何の意味も持たない。
逆に言えば、未来不安予想図の作成の本来の主旨は
「今が、最高」という認識に立てるようになることだ。
 
どんな人であっても「明日は、もっとよくなりたい」と思って生きているだろう。
「明日は、今日より悪くなる」、「明後日は、明日よりさらに悪くなる」ということを
認識しなければならないことが、どんなに苦痛なことか私にもわかる。

日本は戦後最悪の経済危機に陥っている。
このまま浮上することなく、一気に最悪の状況、
例えば国家破産に突入すると予測する専門家も少なくない。
国レベルが、そんな重症患者のような状態にもかかわらず、
個人レベルが「明日は、もっとよくなるだろう」なんて楽観的に考えているなら、
とんでもないことになってしまうということだけは、
少なくともわかっていただきたい...。

53.手取り45万から19万円へ


それから、10年が経った。
吉田さんの手取り額は、残業や歩合も入れれば45万円を超えていた。
一方で、長男が中学生になり塾の費用がかかるようになったり、
長女も中学受験の準備が始まったりで、支出の方も増えていた。
手取り額が45万円を超えても、生活はそんなに楽ではなかった。

小遣いも3万円。「これだけ働いて、自由になるお金が3万円かよ」とも思ったが、
周りの同僚も同じような状況だった。
むしろ、昔の友人たちに比べれば、まだ自分の方が恵まれているとの思いもあった。

3年前、会社の業績悪化が顕著になった。
マスコミの報道で、多くの会社が倒産したり、大量解雇したり、
悲惨な情報が耳に入っていたが、自分には関係ないことだと思っていた。
なぜそんなふうに思えていたのかは、今から考えれば不思議だ。

ついに、吉田さんは非正社員に格下げされた。
同僚の中には、リストラされた者もいた。
「リストラに比べれば、まだましか」とも思ったが、
現実はそんなに甘いものではなかった。

「給料の手取り額、19万円」
それが現実だった...。
(続く)

55.当たり前のことが当たり前でなくなった。


非正社員として、仕事を続けた。
結婚以来専業主婦だった奥さんが、働きに出るといった。
しかし、10年以上も専業主婦だった40歳の女性にとって、
社会は余りにも冷たすぎた。
久しぶりに見る就職雑誌には、「初任給15万円」という文字が
煌びやかに躍っていた。

奥さんもまた、吉田さんが稼いでいた45万円という手取り額を当たり前だと思っていた。
今更ながらに、主人の45万円という手取り額がいかにありがたいものだったのか、痛感した。
奥さんはやむなく、パートに出た。クタクタになるまで働いた。
しかし、手取り額は10万円にも満たなかった。奥さんの給料と合わせて、27万円。

 
今まで当たり前だと思っていたことが、全く当たり前でなくなった。
15万円のマンションのローンは、堪えた。不動産屋を訪ねた。もちろん売却するためだ。
しかし、ここでも現在という時代は言葉にならないほど冷たかった。
中古で買ったマンションはすでに老朽化が始まっており、不動産屋は「余程運がよくても、
3000万円で買う人はいないでしょう」と冷たく言い放った。

 
当たり前のようにローンを組み、購入したマンションが、
いかに莫大な不良債権であったか認識した。
普通の賃貸マンションであれば、家賃が払えず、最悪の場合でも追い出されるだけだ。それで終わりだ。
しかし、分譲の場合、購入した時点でとてつもない借財として重くのしかかってくるものだと痛感した。

今やっと、自分には数千万円の逃げるわけにいかない借金があることを知った...。
(続く)