翌日は、日勤だった。

 

朝、布団から起き上がるのに、横向きになって、手をついて、息を止めた。

それだけで額に汗がにじんだ。
 

顔を洗い、髪をひとつに結んで、化粧をした。

二階は、まだ静かだった。
 

腰が痛くて、最悪だった。

それでも、仕事に行った。

動けないわけではなかったから。

休むと、申し訳なさが先に立つ。

 

施設の朝は、いつも同じだ。

おむつを替え、清拭をし、車椅子に移す。

それを、何人ぶんも繰り返す。


移乗は、相手の身体を一度こちらに預からせて、持ち上げる。

痛む腰をかばってそれをすると、田中さんが「すまないねえ、いつも」と言った。
「大丈夫ですよ。気にしないで」と私は言った。

 

別の利用者は、私の顔を見て「あんた、誰」と言った。

三年、毎日のように顔を合わせている人だった。
「今日担当の、藤崎です」と答えて、車椅子のブレーキをかけた。

 

昼の休憩は、六十分。

休憩室で食べていると、後輩の子が「腰、大丈夫でした!?」と訊いてきた。


「整骨院で診てもらって、だいぶ良くなりました」
そう答えた。

本当は、まだ泣きそうなくらい痛かった。

 

午後になると、腰はさらに重くなった。

それでも、定時まで身体は動いた。

 

家に着くと、もう暗かった。
夕飯を作って、テーブルに並べた。

私は、台所で立ったまま、自分のぶんを食べた。

 

二十一時。
二階で、子どもたちが笑って、夫の低い声がそれをなだめていた。

 

去年、夫にほかの女がいると気づいてから、私は一人で寝るようになった。
もう、どうでもよかった。

その日もいつもと同じように、一階の和室で一人、冷たい布団にくるまった。

 

 

翌日。

十一時に、整骨院の予約をしていた。

 

黒田の院は、いつも予約でいっぱいだった。

腰や肩を診る施術と、身体づくりのトレーニング指導。

その両方を一人でこなして、一時間ごとに客が入れ替わる。
 

それでも、施術のあいだは、いつも静かだった。

客が院に入るのは予約の五分前から、と徹底しているようだった。

施術中に、電話が鳴ることもない。

 

施術台に横になると、天井の木目が見えた。
黒田が腰に手を当てる。

痛いところを探すのではなく、もう知っているような手つきだった。

 

「昨日の仕事、大丈夫でしたか」
「痛くて、泣きそうでした」
「三日目だと、まだつらいでしょう」
「はい……」
「峠は越えてます。あと一週間くらいで、だいぶ楽になると思います」

 

黒田の指が、腰の奥の固いところを押した。

自分でも知らないうちに、そこはずっと、こわばっていたらしかった。

 

施術のあいだ、物音ひとつしなかった。
「ママ」「藤崎さん」。

家でも、職場でも、私はいつも、誰かに呼ばれていた。

たいてい、用があるときだけ。
ここでは、誰も、私を呼ばなかった。

ただ、横になっていればよかった。

 

「念のため、もう一度くらい診ておきましょう」
帰り際、黒田が言った。
ちらっと見えた予約表は、どの時間も名前で埋まって、真っ黒だった。

黒田は少し考えて、「三日後の十一時は、いかがですか」と言った。


翌日は日勤、その次は夜勤——三日後は、ちょうど夜勤明けだった。
「お願いします」

次の予約を取った。

腰が、まだ痛かったから。

 

不倫の始まりが、ぎっくり腰だなんて。
誰も思わないだろうし、私も思っていなかった。

 

 

彼に最初に送ったのは、ラブレターなんかじゃない。
整骨院の、予約メールだった。

 

 

「本日、受診可能です」
私はすぐに「伺います」と返信した。

 

 

——たぶん、それがすべての始まりだった。

 

 


 

 

介護士になって、もう何年経っただろう。
来る日も来る日も、おむつ交換、入浴介助、体位変換、車椅子移乗。

 

 

ある日、いつもと同じ移乗をしただけだった。
腰の奥で、何かが切れた音がした、と思った。
次の瞬間にはもう、動けなかった。

 

 

同僚たちが「お大事に」と声をかけた。
自分で運転して帰った。

シートに座るだけで涙が出るほど痛かったが、頼れる人はいなかった。
布団に倒れ込んで、スマホを握った。
すぐに、整骨院を探し始めた。

 

 

グーグルマップで「整骨院」と打ち込むと、何軒か出てきた。
一番上の店は、評価が高かった。スポーツトレーナー経験あり、と書いてあった。
介護で腰を壊した私には、それだけが頼りに見えた。
予約フォームに、ぎっくり腰、と書いて送信した。

 

 

すぐには返事は来なかった。
夕方、スマホが鳴った。
「本日、二十時でもよければ受診可能です」
私はすぐに「伺います」と返信した。
夫が帰ってきてから、車に乗った。

 

 

三月。

私の住む地域は、まだ雪が残っていた。
お店は一軒家だった。

インターフォンを鳴らすと、「どうぞ」と男の声がした。
三十代後半くらい。

私と同じくらいに見えた。

背は高くて、整骨院のロゴが入った濃紺のポロシャツを着ていた。

私の歩き方を見て、「腰、痛いんですね」と言った。

 

 

中は広いスペースで、施術台と、筋トレに使うような器具が並んでいた。
ウッド系の香りがほのかにした。
カルテに「介護士」と書いたとき、彼が小さくうなずいた。

 

 

歩ける程度のぎっくり腰には、安静よりも少し動かした方がいいらしかった。
ストレッチとマッサージを、腰、首、肩、頭、足までくまなくしてもらった。

手は厚みがあって、大きくて、温かかった。
力強いのに、痛くない。
こわばっていた背中が、勝手にほどけていくのがわかった。
気がついたら、まぶたが落ちていた。
介護施設で、私はいつも他人の身体を支えていた。
自分の身体を、誰かに預けるのは何年ぶりだろう。

 

 

一時間ほどかけて、ほぐしてもらった。
名前は「黒田さん」というらしい。
あまり喋らない人だった。けれど、黙りすぎることもなかった。
「腰、ずっと痛かったでしょう」「介護士、何年目ですか」
こちらが返事に困らない程度の、ちょうどいい間で言葉を置いた。

 

 

黒田はカルテを眺めていた。
「明日、仕事は」と顔を上げないまま訊かれた。
「日勤です」
「移乗、ありますよね」
「はい」
黒田は何か言いかけて、やめた。
「急性期はまだ痛いと思います。無理せず」
「明後日は休みなので、ゆっくりできると思います」
「……十一時、空いているので良かったら」
押しつける感じではなかった。

来ても来なくてもいい、という言い方だった。

明後日の十一時——

帰り道、運転席に座ったとき、腰の痛みが昼間より軽くなっていた。
それ以上に、頭の中が静かになっていた。

 

 

家に着いたのは二十二時を過ぎていた。
二階で、子供たちと夫が寝ている気配があった。
私は一階で、いつものように一人で布団を敷いた。
腰の痛みは、少しだけ遠くなっていた。