一言主神社*茨城県*

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一言主神社(通称・ひとこと明神)*茨城県*

社格・旧村社

御鎮座・常総市大塚戸町875

電話0297-27-0659

御祭神・一言主大神(ひとことぬしおおかみ)


御由緒

一言主神社(ひとことぬしじんじゃ)は大同4年(西暦809年)に創建されました。*第五十一代平城天皇の時代*
祭神の一言主神は、言行一致の神様とされ、何事も道理をわきまえ、良いことにつけ、良からぬことにつけ、よく聞き分けて人々の幸福のために直ちに御利益を授け、一言の願い事でも疎かにせず願いを叶えてくださるといわれています。



一言主



縁起
今の社殿のある辺りにあやしき光が現れ、数夜の後に雪の中からタケノコが生じ、一本が三つに枝わかれした不思議な“三岐の竹”(ミツマタのタケ)となりました。



あまりに不思議なので村人達がお祓いを致しますと… 「われは大和国葛城山(ヤマトノクニ カツラギサン)の東高宮の岡(タカミヤノオカ)にいる一言主大神(ヒトコトヌシノオオカミ)なり、今この国の人々を災いから救うためにここに来た。すなわちこの“三岐の竹”(ミツマタのタケ)を私とおもって末永くおまつりしなさい。」とおっしゃいました。

村人達これに驚いて、この辺りの人の出入りを禁じ、お社を建てました。それからこの所を『三竹山』(ミタケサン)と言うようになりました。



一言主
















当社縁起によると大国主命(オオクニヌシノミコト)の御子神で「国譲り神話」で有名な事代主命(コトシロヌシノミコト)と同一神であるとされています。
一言主大神に関する伝承は、『古事記』『日本書紀』の雄略天皇の条にみることができます。 雄略天皇が葛城山に狩猟に行き、そこで「面貌容儀、天皇に相似」の一言主大神に出会い、一緒に狩りをされたと伝えています。そのなかで一言主大神は「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神」とおっしゃられたことから“託宣(タクセン)神”“言霊(コトダマ)の神”として古くから信仰されてきました。
(由緒書きより)



一言主


















手水舎から見た境内・拝殿


一言主






















参拝した9月13日は、同神社の秋季例大祭の日で大勢の人で境内は賑わっていました。

一言主




御社殿は一言主大神を篤く信仰していた下総国守谷城主相馬弾正胤広侯(平将門の後裔)の寄進によって長禄三年(西暦1459年)に再建されました。

拝所

一言主

現存する社殿は、元禄13年(西暦1700年)正月13日遷営のときに大修理が行われましたが、その間の修復・焼失等の記録は残されていません。本殿の造りは一見社流造(いっけんしゃながれづくり)で、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)風の銅板葺。身舎(もや)外壁の左右に「鳳凰と牡丹」、後側に「鶴と牡丹」の彫物、脇障子には「三岐の竹」の彫物がはめられています。




絵馬掛け所と拝殿

一言主






授与所は拝殿に併設されています。







御本殿


一言主



本殿は、昭和59年(西暦1984年)市指定文化財に指定されました。また、拝殿は一般の寄進により、慶応3(西暦1867年)に竣工されました。







緑に映える朱赤の本殿。


一言主





境内・摂末社


大黒社・大国主命が祀られています。


一言主





霊竹殿

縁起にまつわる三岐の竹が数本納められています。



一言主





稲荷・香取社


一言主





縁結び社・奥の手水鉢には御神水が流れ出ています。


一言主





御神水





三峰・愛宕・八幡社をはじめ十三の摂社が鎮まっています。


一言主



当日は例大祭と言う事もあり参拝者が非常に多く、同神社の雰囲気(通常)は良く判りませんでしたが、恐らく厳かな趣を感じる所ではないかと想像出来る神社でした。


次回来訪は早朝に行きたいものですね。



見所の多さは✩✩✩★




御朱印



一言主













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