今日は会員様から頂いたお題「かみ」の和歌を詠みました。

 

「かみ」は神、髪、紙、上、、、、等 

日本語には同音異義語が多いと言われています、、、というよりは、昔の人は便宜上漢字を音に当てはめたのでしょう。日本語は言霊、音霊の世界ですからね。

 

柿本人麻呂先生がお詠みになられた歌で、

しきしまの 大和の国は 言霊の さきはう国ぞ まさきくありこそ

 

これを拝読してもわかるように、昔の人は言霊、音霊を日常的に使っていたということが分かります。現代の日本語は、明治時代以降の西洋の文化が入ってきたことにより、かなり西洋化しています。世界の言語はチョムスキーが提唱したユニバーサルグラマー(普遍文法)つまり一つのパターンから成り立っているといわれます。しかし日本語とポリネシア語(ハワイ語)は例外だそうです。主に西洋の言語は、物理空間をベースとし、日本語は音がベースにあります。(第二言語の習得は難しいですが、第三、四、、、と増えるに従って容易になっていくのは、このことが理由かと思います)。日本語の大きな特徴は、微細な母音の揺らぎがあることです。西洋の言語は、思考を抽象化していくのに対し、日本語は感覚を抽象化させていくということがわかります。

 

普遍文法(ふへんぶんぽう、Universal Grammar)は、言語学生成文法における中心的な概念で、全ての人間が(特に障害がない限り)生まれながらに普遍的な言語機能 (faculty of Language) を備えており、全ての言語が普遍的な文法で説明できるとする理論ノーム・チョムスキーが『Syntactic Structures』(1957年)で提唱した[1]

この場合の文法とは、広義のそれであり、統語論のみでなく音韻論意味論など、言語を操る上でのあらゆる規範を指す。

なお、英語においては、この理論そのものは大文字の「Universal Grammar(UG)」で表し、その研究対象は小文字の「the universal grammar」で表す。

 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より借用しました。

 

和歌では、伝えたいことを自然界へのマッピングするのと同時に、音の響きも重要になってきます。五感をフルに使ってありありと表現していくことが大切ですね。脳科学の用語をお借りすると、シナスタジア(共感覚)の感覚を使うということです。

 

このお題を頂いてから、鮎が川の上流を泳いでいるビジョンがパッと浮かびました。完成した歌には、曽祖父の名前と母の名前が無意識のうちに組み込まれていて、なんだか不思議だなと思いました。(その歌は明日Twitterの方に投稿したいと思います。)和歌の素晴らしい点は、自分が意図してたにせよ、そうでなかったとしても膨大な情報量で構成されている表現方法であるということです。抽象度が高いからこそ、なせる業です。

 

和歌は千年以上も長く続いてきた貴重な文化です。その千年の間に数々の戦や、災害などがあろうとも、後の世の人のために、先人の方々が守ってきてくださった素晴らしい贈り物だと思います。基盤を築き、伝承してくださった方への敬意とともに感謝の気持ちでいっぱいです。

 

「万歌の会」 会長 太三太