学校教員に特異な 見て見ぬ振り の系譜について

 

「佐大の教育学部卒業して、佐賀県の小学校の先生に正規に採用されて、3年目だろう。今の学校には慣れたか。」

「すでに授業にも校務にも慣れました。」

「お母さんは元気か。最近は教会にもお見えではないが。」

「元気です。今日は、一身上についてのお話しが特別にあってきました。」

「日曜日の礼拝終了後でもよかったのではないか。」

「いや、込み入った話しですので。実は、先生を辞めようと思っています。」

「どうしてだ。佐賀県公立学校教諭に採用されてまだ3年くらいだろう。辞めてどうするのだ。」

「大学院に進学したいと思っています。九州大学教育学部の石井次郎教授の許で勉強したいと考えています。」

「君が大学卒業し教員として就職する数年以前のオリンピック開催の前に、ここの土地を購入し、その上にこの教会を建築したが、佐賀に来てこれまでになるのは大変だった。」

「それは分かっています。私は先生が佐賀に来て、当時のうちの近くで、借家を教会にし、そこで礼拝をしていた最初の頃から先生にお世話になっていましたから。」

「それなら、ここで新しい教会で礼拝をもつようになってから、次第に教会員が櫛の歯が欠けるように減って行ったのも分かっているだろう。」

「教会を辞めて行ったのは、公務員の方たちです。公務員は、良くて中小企業、大半は零細企業しかない佐賀では、高給取りです。」

「そうだ。公務員は、毎月の給料やボーナスが出ないということもないし、その金額も減ることはないし、勤続していれば、昇給するし、年休もある。労働時間も法令通りだ。」

「私も良く分かっています。教会の敷地買収と教会堂建築で先生も含めてその時の教会員全員は債務者や連帯保証人になっています。」

「教会員が減ると、残った教会員の返済金額が増える。公務員で残っているのは教会ではお前だけだ。教会の献金頭の責任はあるよなぁ。」

「勤めてから数年の若者に献金頭は無理です。自分は若いし、大学院に進学したいのです。」

「佐賀の中小企業や零細企業の社員はその時々の企業収益に給与や賞与の有無や金額の上げが左右されて、賞与が無支給になったり、給与が減給になったりする。」

「自分は公務員だから恵まれています。教会の借金返済にも大変に貢献しています。」

「零細企業や中小企業が大半の佐賀の民間会社では年金や健康保険の掛け金は各々の社員が自前で支払い、全く払っていない会社も多い。」

「それに、退職金の制度もない企業もあり、退職金が年収分という会社もあります。」

「よく分かっているじゃないか。教会での自分の役割としての高額献金がお前の役目だ。」

「そうですねぇ。でも、佐賀で一生、小学校の先生で、教会に献金して、教会の借金を教会員として返済するだけの人生は嫌なんです。」

「お前。いつからそんな考えになったのだ。お前には期待していたのに。」

「教会ができてから、教会を離れて行った人たちは、教会の借金を返すのが自分にも何も意味がないと分かったのではないでしょうか。」

「そのような考え方は悪魔の考えだ。」

「そうですか。教会に献金して、教会の借金を教会員として返済しつつ、教会を発展させるのは先生だけにとって意味があることです。」

「それは違う。信者には意味がある。」

「先生が、若い頃、私立学校をその学校の理事長から無理矢理辞めさせられたと言われていましたねぇ。」

「そうだ。学校を辞め、米国孤児宣教団で仕事するようになり、それで結局佐賀に来た。」

「佐賀に来て、ゲストとして日曜日礼拝の説教をしていた佐賀のあの教会の牧師の勧めと推薦で米国大学留学試験を受けようとしたと以前伺いました。」

「そんなこともお前に言ったことがあったか。」

「伺いましたよ。私が高校生の時に。先生に米国大学留学試験受験を勧めたのは当時のうちの近くのあの教会の牧師さんでしょう。」

「そうだったのかな。」

「ところが、先生のその折りの話しでは、先生は高校教諭の教員免許を持っていたが、最終の御出身の学校が旧専門学校令の3年制私立専門学校で大学卒ではなかったそうで。」

「俺が卒業したのは昭和22年3月で、専門学校のままでの卒業であった。あと1乃至2年以後の卒業であれば、学内転学試験合格で大学卒になっていた。」

「卒業時期の相異で大学卒にならなかったので、アメリカ留学試験の受験資格がないと判定されて、受験すらできなかったと伺いました。」

「何を言いたいのだ。」

「そのようなことがあって、その反動が、御自分が牧師である教会の異常な発展推進につながっているのではないでしょうか。私は恐ろしくなりました。それは私利私欲私念です。」

「俺は牧師として教会のために土地を買い、その上に教会を建築するために信者を多数集めた。悪魔の考え方ではない。」

「それは、教会のためではなく、先生のためです。」

「ところで、お前のお母さんは大学院進学のための教員辞職について何と言っているのだ。」

「それは私の家庭内のことですが、母は賛成してくれると考えています。母は関係ないでしょう。」

「お前はうちの教会のあの娘と結婚する予定でだろう。それはどうするのだ。あの娘は幼稚園の先生として就職してまだ1年程度だ。結婚しないのか。」

「彼女には私の大学院進学について話して、どうするのか決めてもらいます。福岡に連れて行っても良いと思っています。」

「あの娘の幼稚園は私立だが、園児が定員以上に充足して入れれば、給与や賞与は減ることはない。安定的だ。」

「あの娘を私が福岡に連れて行くと、教会も幼稚園もやめて、教会の借金返済から解放されますねぇ。」

「あの娘の親も兄も佐賀の公立学校の先生だ。大学院生で、学生のお前との結婚には反対するだろうよ。あの人たちは学生結婚を認めない。」

「結婚は親でも兄でもなく、彼女自身が決めることです。」

「佐賀ではお前が考えているのは非常識なことだ。だれもが笑うだろう。第一、お前とあの娘は正式にではなくても婚約しているのであろう。」

「彼女の決断次第で、その婚約を解消した方が良いと思っています。そうしないと、結婚の自由を彼女から奪ってしまいます。」

「いつから、大学院進学を思い立ったのだ。」

「先生は、教会建設やそのための借金返済について自分に何も意味がないと分かったという教会を離れて行った人たちの考え方を悪魔の考えだと仰せでしたが。」

「それがどうしたのか。お前は中学1年の時に初めて俺たちの教会に来て、宣教師から英語を教えてもらっていたが、お前がそんな無責任な奴とは思わなかった。」

「先生。毎年8月初めに米国孤児宣教団系列の3つの教会の日曜学校の子どもたちを親や家庭から引き離して3泊4日の合宿キャンプを虹の松原で行なっています。」

「それがどうしたのだ。今年もあったし、お前も、子どもたちの世話のために来てくれたじゃないか。」

「あの時、同時に、2人の子どもが海で溺れていましたね。1人は普通の家庭の子どもで、もう1人は宣教団の孤児施設の孤児です。先生は、普通の家庭の子どもを先ず助けに海の中に入り、その子を助け出しました。孤児施設の子どもはなぜ助けに行かなかつたのですか。」

「お前も、海岸にいて、2人の子どもが溺れているのを見ていたじゃないか。」

「私は泳ぎは苦手で、海岸には、宣教団の宣教師たちも多数、子どもが溺れている光景を見ていて、だれが助けに行くと思つていました。」

「なぜ、お前は行かなかったのだ。」

「先程言った通りです。そして、私は小学校教諭で、教会や宣教団で働いているわけではなく、あのキャンプでは無報酬のお手伝いです。私よりもはるかに泳ぎが上手と思われる宣教師たちやその子どもたちがいました。」

「その水死とお前の大学院進学が何か関係があるのか。」

「今年、そのキャンプで、あの孤児施設の孤児の水死がありましたが、あれは、業務上過失致死ではないでしょうか。それにもかかわらず、書類送検も何も現場検証すらなかったようですねぇ。」

「俺は今年のあの子どものキャンプの責任者で、自分の責任は果たしたと思っている。」

「私は、小学校教諭ですが、公務員です。公務員の研修で、刑事訴訟法第239条第2項の条規について説明を受けています。公務中ではなくても公務員ですから。」

「それがどうした。」

「公務員は、犯罪発生の確定的認識それ自体に至らなくても、その容疑の段階で、犯罪容疑を認知すれば、捜査当局に通報義務があります。」

「…………………………」

「あの水死について私は業務上過失致死の容疑を持ちました。今回、私は捜査当局に通報しなかったことを後悔しています。」

「警察は何も言わなかった。今回は不幸でしたとしか言われなかった。」

「それは、観光という産業で経済が回っている唐津市が虹の松原の海岸での水死で観光客が減少するのを恐れて、警察にお願いし、海難救助を担当する消防にも懇願したからです。」

「…………………………」

「今回、早く救助し、処置すれば水死にならなかったのに水死になったのには消防に落ち度があり、それで消防も事を大げさにしないで済ませるのに好都合であったからでしょう。」

「警察は法令に則らないと公務執行することはできないのではないか。」

「確かに、その通りです。唐津は唐津区検で、副検事の取り扱いです。地検の正検事であれば、そのようになりません。」

「副検事でも検察官であろう。」

「警察はこの度の水死について刑事訴訟法246条但書の条規を無理矢理に適用し、水死という大それたことでも微罪処理で書類送検しなかったのでしょう。」

「そんなことがあるとは思えない。」

「推測ですが、警察のその事件処理は唐津区検副検事の事前承諾しています。先生の助言で米国孤児宣教団も被害孤児親代わりとして承知しているのではないでしょうか。」

「副検事が一存でできることではない。」

「副検事も地元の警察や唐津市には弱いでしょう。」

「…………………………………………」

「被害者側が検察官に訴えるだろう。」

「被害者は孤児で親や親族がいません。」

「………………………………………」

「親代わりはこの孤児にとっての加害者でもあるその宣教団です。被害者と加害者が同一人です。だから、警察も副検事も書類送検なしでもだれからも苦情は出ないと踏みました。」

「………………………………………」

「公務員は、犯罪の確定それ自体に至らなくても、その容疑の段階で、犯罪容疑を認知すれば、捜査当局に通報義務があります。もはや、この教会の会員でいたくありません。」