(274)“うつ病”とは仲良く!
私はバリバリの「鬱」です!。女優、木の実ナナさんが、満面の笑顔をこちらに向けている。その白黒写真に添えて、赤インクの大きな活字が躍っている。(「うつ」をいっしょに理解してくださいー木の実ナナさんからの、お願いです。)広告主のシオノギ製薬には、回線がパンクするほどの電話と、四百通もの便りが寄せられた。治験(新薬の効果を見る作業)の問合せ先にも、六千件の電話が殺到した。
女優の、木の実ナナさんが変調に気づいたのは、40歳も半ばを少し過ぎた頃だった。急に汗ばむようになり、顔から上だけが熱くほてったり、心臓の動悸が異様なほどに感じられたりした。お寺の鐘をかなずちで叩いているような耳鳴りにも襲われた。
気分がすぐれない。濡れたカツラを頭にすっぽりかぶせられたみたいだ。いらいらして、目の前のテーブルを思いっ切りひっくり返したくなる。集中力には自信があったのに、台詞(せりふ)がなかなか覚えられない。生理はあるので、女性特有の更年期障害とは思わなかった。ところがしだいに“うつ”の症状が突出してくる。
「前向きなはずの私が、どんどんマイナス思考になっていくんですよ。どんないい本を読んでも、どんな楽しい映画を観ても、感動がないの。すべてばかばかしくて、すべてがいやになっちゃって」
死にたい・・・・・・、突然、衝動が突き上げる。「部屋でワインを飲んでいるとき、急にこのグラスを割れば手首が切れるとか、ホテルの部屋の窓から飛び降りたいとか・・・・・・。いろんな死に方を考えちゃう。刃物ってほんとに怖いものだなあと初めて思いました。
いま私はほとんどよくなりましたけど、仕事の移動中にクルマのラジオで『人身事故のため、遅れています』なんていうニュースを聞くと、『ああ』と思う。衝動的になるんですよ、あの時は。私は『あっ』と気づいて引き返せたからよかったけれど・・・・・・」
ベテラン・アナウンサーの小川宏氏もうつ病に苦しめられた。大抵の方がご承知だから詳細は略すが、自殺寸前までいった。緊急入院し、昏々と眠ることでだいぶ回復したそうだ。
しかし“うつ病”をすぐに自殺と結びつける昨今の風潮に、大方の精神科医は批判的である。うつ病患者の大半が自殺を図ることはないし、自殺者と自殺未遂者の増加とうつ病との相関関係についても明確なデータはない。それでも、年に三万人を越える自殺者の背景に、うつ病があることは間違いがない。
うつ病に限らず、精神疾患の定義は、ここ二十年ほどで大きく変わった。医学用語だと思っている「ヒステリー」や「不安神経症」が、専門家の間で用いられることはほとんどない。実際には“うつ病”も「単極性気分障害」もしくは「大(だい)うつ病」が正式呼称だ。分かりやすいためここでは「うつ病」として書く。意外に思われるかもしれないかが、世界中でキチンと“うつ病”は定義されている。
①抑うつ気分、②興味の減退、③体重の減少、④不眠、⑤焦燥感、⑥疲れやすさ、あるいは⑦自分に価値がないと感じたり、⑧死について繰り返し考えたりすることなどのうち、五項目以上の症状が二週間以上続く場合にのみ“うつ病”と診断される。
また男性の2倍ほど女性に多い。若い世代に多く、平均発病年齢は四十歳くらい。細かくいうと、若い女性と中高年の女性で目立つ。また、明治・大正生まれよりも、昭和生まれ、昭和一けたより昭和ふたけた、それも平成に近づけば近づくほど、つまり生まれ年があとになればなるほど、若い年齢で発病しやすい。うつ病の患者が増えているが、うつ病自体が増えているとはいえない。知識が広まり、心療内科や精神科を、早期治療で訪れる患者が増加したためともいわれる。
脳内物質のコントロールが乱れるためと解明されたが、深いところは現在も究明している。この引き金がストレス(緊張・不安など)だ。遺伝的な要因はほとんどない。このストレスは自分ではなかなか気づかず、治療開始が遅れがちだ。
実は筆者も“うつ病から来る不安神経症”(パニック・ディスオーダー)をもっているが、病気のメカニズムと治療法が身につけば、それほどは困らない。体験からいうと二日酔いのときは誰でも”うつ状態”となる。すべてが面倒に感じることが多い。意欲がうせる。また不安(予期不安といい、また同じことが同じ状況で起きるのでは?)と落ち着けない。慣れ(行動療法)と薬剤でたいていのことは可能だ。親しいものと一緒なら旅行はできるが、列車は駄目というか、我慢するのが面倒で車になる。この病は、イロイロとつき合い方が難しい。
人間の記憶力は“発作”の体験をなかなか忘れさせてくれない。たとえば高速道路で渋滞にあい、そのときに発作が起きると、何十年経ても同じような状況となると、また発作?と不安になる。面倒だから放置するが、ときどき不安が非常に強くなる。すると動悸など身体症状が現れるのが困る。強い不安感(恐怖感)に襲われる。しょうがないから薬剤を服用して効くのを待つ。死ぬことはなく、人事のようだが、たいした病気ではない。人に会いたくない、自責の念、などがあるが「面倒くさい」と感じたら注意したほうがいい。自分で分かるから薬剤を服用、脳内物質をセルフ・コントロールする。
メディアが勉強せずに書くからなかなか正確な知識が広まらない。先述の小川宏氏は自分の病を公表し、“うつ病“の知識を社会に広めようと努力されているが、「結婚式の司会」を「自殺を考えた方に頼むのは不吉」と、うつ病を語った放送後に断られたそうだ。繰り返すが“うつ病”はストレスなどの影響で発病する“心の風邪”ともいわれる。うつ病でこのくらいだから、分裂症はもっと酷い扱いとなる。分裂症の患者に凶暴な者はほとんどいないという。問題なのは過日、書かせて頂いた“人格障害”のうちの重症者である。
最後になぜ誤解が起きるか、著者の野村進氏の解析による誤解メカニズムを記しておきたい。
“うつ病”が心の病、あるいは魂の病とオブラートに包んで語られることから、すでに誤解が始まる。身体とは別なところに“こころ”や“魂”があるとする見方は、何か深い思想に基づくものと見えるが、事実は全く異なる。「肉体と精神」という関係で考えると、心や魂の問題なのだから、本人にも責任があり、そうすると本人の意思次第で治せるはずだ、と考えてしまう。つまり自己責任論となる。
しかし、この病気は患者の気力や根性で、どうにかなるものではない。気力や根性では絶対に治らない。ガンや心臓病になった患者は、気力や根性に欠けていたためというのと同じ理屈だ。
千葉県立精神科医療センターの計見一雄(けんみ・かずお)センター長は、「心身二元論という、プラトン、アリストテレス、デカルトを経て現在に到る考え方を、根底から問わないといけない」と語る。「身体と心は分かれていて、精神が優位で肉体が下にある、精神が肉体をコントロールする」との前提が、そもそも間違いではないか?と問いかける。こういった考えが続く限り、「いくら神経科学が進歩してもダメでしょうね」と語る。
再度いうが、“うつ病”は、ストレスなどで、脳内物質、セロトニンやノルアドレナリンなどの異常で発症する。気力や根性でどうにかなる病気ではあり得ない。さっさと精神科医(最初は大学病院をお勧めする。個人的だが開業医をあまり信用していないからだ。)に駆け込めば2週ほどで治る。ずっと治らなければ“仲良くおつきあい”して“そこそこ”楽しい人生が送れる。あと少し自由になる金があるともっといいのだけど・・・。
