江戸老人のブログ -79ページ目

江戸老人のブログ

この国がいかに素晴らしいか、江戸から語ります。





(280)江戸っ子の憧れ「江戸甘味噌」


味噌を理解できぬ恥
 自分の恥を話し、皆様も陥りやすい(たぶん筆者だけと思うが・・・)味噌理解の「落とし穴」から始めることお許し願いたい。
 味噌の原料は大豆である。何があっても大豆が原料だ。ところで味噌の種類には、米味噌、豆味噌、麦味噌があり、などと作り方を書いた書物を読んでいくと、たとえば「味噌の製造法」の最初に「原料」とあり、「みその原料は大豆、米あるいは麦、および食塩であり云々」と続く。

ここでいつも「あれ?米と麦も原料なんだ、ふーん」と思う。で、「江戸味噌」の所などを読むと、「江戸で作られていた独特の色調と香りの赤色甘味噌である。麹歩合は13(大豆の1.3倍の米を使う)云々と書かれている。ここで「あれ、米のほうが多いの?」となる。すると米の中に大豆が入っているわけで、米が原料だな?と考えてしまう。この辺りで混乱が始まり、理解不能となる。

そこで今回は福井県永平寺御用達の味噌メーカー「米五みそ」に電話で教えを頂いた。フリー ダイアルで何でも教えてくれる。その結果が以下だ。自分を馬鹿だと思うがしょうがない。もっとも間違いに気づかぬ人も多いから・・・と慰めていただいたのではあるが・・・恥をしのび、以下を記す。
味噌の原料は大豆である。大豆以外は味噌でない。
麹(こうじ)を使い大豆を発酵させる。
米麹など、大豆より麹の量が多いことがある。だが麹は麹、原料は大豆だ。
 
 以上の原則を確認し、すっきりした次第。パンを作るときイースト菌で膨らませるが、一部を保存、次のパンの「種」として翌日のパンを膨らませる。カスピ海ヨーグルトだって同じである。味噌でもおなじだが、菌だか何だかよく分からぬケースもある。「豆味噌」は大豆から作った「豆麹」で大豆を発酵させる。だが、身のほどを知らねばならぬ、麹は麹、原料は大豆である。


味噌起源は支那か?
 日本独自の調味料、味噌、起源は諸説ありハッキリしないが、醤油と同じで、古代からの発酵調味料、「 (ひしお)」や大豆を醗酵させた「(し)」からだろう。飛鳥時代に朝鮮半島から渡来した高麗人が持ってきたとされるが、筆者は支那から直接入ったと推理している。
 味噌は非常に重要な蛋白源で、戦国時代、米、塩とともに重要な戦時食、各地戦国武将が生産を奨励、そのため地域性がハッキリした味噌が多い。   

全国共通の味噌やブランドが作られるのは、次の時代である。味噌は自分の家で自作するのが当然、「味噌買う家に蔵は建たぬ」、つまり味噌を買うようでは財産は残らぬといわれ、贅沢、無駄遣いとされたが、江戸時代に入ると、専門の味噌屋が誕生、特に100万都市、江戸が味噌を一般流通商品に変えた。



毎日の食に欠かせぬ調味料
 鎌倉時代まで、豆腐や野菜に塗ったり、「みそうず」という雑炊にしたり、そのままおかずとして食べた。室町時代から「漉し味噌(こしみそ)」を溶かした味噌汁が一般的となる。元禄10年(1697)の『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』では「味噌はわが国で毎日用いる汁」であり、「一日もなくてならぬもの」と書かれる。また味噌は料理の調味料に欠かすことが出来ぬものとなっていた。すでに会席料理では、味噌を使った料理が定番になっていたが、江戸時代の料理本に「和え物」「煮物」「鍋料理」「豆腐料理」など味噌を使ったレシピが書かれている。

意外に思われるかもしれないが、江戸の初期から中期、醤油はまだ高級・高価な調味料だった。みりんや砂糖も一般までは届いておらず、味噌は最も安価で使いやすい調味料だったろう。江戸期どのくらい使われたか不明だが、味噌以外に調味料がないのだから、現代と比較してもそうとうな量が使われたに違いない。



江戸製造辛口の「仙台味噌」
 江戸には各地から武士や商人がやってきたが、江戸に全国各地の郷土色あふれる味噌が持ち込まれた。家康の出身地「三河」の「豆味噌(八丁味噌)」をはじめ、色々な味噌が混在する中、やがて二つの味噌が江戸っ子の人気を集めて固定化する。
 一つは仙台藩伊達家の「仙台味噌」である。濃厚な旨みと、深い香りを持つ赤褐色の辛口味噌、伊達政宗が軍用に作らせたのが始まりだ。醸造期間が一年三ヶ月と長く、貯蔵性がいい。ただし人気となったのは、仙台で作られたものでなく、江戸の「仙台藩下屋敷」の味噌蔵で作られた味噌だ。ブランドは仙台だが、実際は江戸で造られた。伊達家が味噌醸造を始めたのは、江戸・屋敷用の自家味噌造りだったが、余った味噌を近隣に分け、旨いと評判となった。これを聞いた味噌問屋で本格的に販売されるようになった。仙台藩士がケチだったら駄目だったろう。

江戸っ子の憧れ「江戸甘味噌」
 もう一つの人気味噌が、名実共に江戸ブランドの「江戸甘味噌」だ。大豆の香り豊かな赤味噌で、同じ甘味噌でも上方の白味噌とはかなり違う。醸造期間が10日から一ヶ月と短期熟成味噌で、塩分が辛口味噌の半分ほどだから、変質しやすく保存がきかない。「京の西京味噌のようなものを江戸でも」という家康の命で作られ、江戸初期に誕生と思われるが、味噌汁より、ドジョウ汁や鍋料理にあう。普及したのは、江戸前料理発達の、江戸中期以降だろう。ただし、麹を沢山使う高級品だったから、一般庶民の口には入らなかったのではないか。甘いもの好き江戸っ子にとり「憧れの味噌」だったと思える。
 

辛口の仙台味噌と、とろり甘い江戸甘味噌、味は反対だが、どちらも濃厚な味だ。仙台味噌は現在トップシェアの信州味噌とくらべ、濃厚なコクがある。また江戸甘味噌も関西の甘味噌より深みがある甘さで、江戸っ子はやや「こってり」系の味が好みのようだ。


江戸のなめ味噌(おかず味噌)
 味噌はそのまま食べる惣菜や酒の肴でもあった。「なめ味噌」と総称されるが、醸造味噌加工味噌の二つがある。醸造タイプの代表的なものが、鎌倉時代に紀伊の禅僧、覚心が中国の径山寺(きんざんじ)で製法を学び日本に伝えた径山寺(金山寺)味噌で、大豆と麦麹と野菜をあわせ醸造する味噌だ。江戸時代になり、広く一般に普及した。


もう一つの加工タイプは、野菜や魚などを混ぜるもの。大豆・ゴボウ・唐辛子を具にした「鉄火味噌」「鯛味噌」などが有名だ。江戸時代に新しく作られたのが「エビ味噌」「胡桃味噌(くるみみそ)」「フキ味噌」「ゆず味噌」「わさび味噌」などの種類があり、一般の味噌は味噌醤油問屋で量り売りされていたが、こちらは「棒手ふり」が売り歩き、漬物・佃煮と同じように常備菜とされた。

味噌の種類
 使う麹の原料から、米味噌麦味噌豆味噌に分けられる。主流は米味噌で、全国の八割。北は辛口を好み、西は甘口が多いなど、地域により違いがある。豆味噌は大豆だけを使い、愛知・三重・岐阜の三県だけで作られるが、最も古くからのもの、味噌の原型である。


味噌と健康
 大豆は消化吸収が良くないが、味噌の大豆蛋白は消化吸収がよく、味噌は75~85%の消化吸収となる。またカルシウムに富む。
 昭和56年の日本がん学会で国立がんセンター研究所の「平山雄博士」は、味噌汁を毎日とる人は、とらぬ人より48%胃がんが少ないと発表した(サンプル10万人)。強いがん予防効果が認められ、また放射性物質を除去するため、1986年チェルノブイリ原発事故の折に大量輸送された。また、胃潰瘍、心筋梗塞、肝硬変などでも同様の数字が出た。


タバコの煙中に含まれる「ベンツピレン」魚の黒こげに含まれる「トリプP-1」は発がん物質と知られるが、味噌はこれらの変異原性を阻止する、つまり「がん」になりにくくする。不飽和脂肪酸とアルコールが反応して出来た「不飽和脂肪酸エチルエステル」によると確認された。またビタミンB12が含まれる。不足すると悪性貧血を起こすが、普通の食事で不足することはない。動物性食品に含まれるため、菜食主義には注意が必要だ。


以上