(189)食料自給率を信用するな
食料自給率の話題が喧(かまびす)しいが、筆者は食文化研究を趣味にしているため、知人からご質問が多い。これについては尊敬する石川英輔氏が実に詳しく書いておられ、一部を引用させていただきます。(文末表記本の63,64ページを引用)
大阪万国博覧会が開かれた昭和45年(1970)前後、戦後の食料不足や物資不足はもはや解消していました。現在とほぼ同じ生活レベルに戻っておりました。もし平成20年に二十歳の若者がこの時代にタイムトリップしても心配はない。インターネットや携帯はないけれど、食べることは現在と同じと思っていい。「コンビニ」はまだなかったけれどスーパーマーケットはチャントあった。
現在の日本は、食料自給率が食品熱量(カロリーベース)で40%弱しかない。(端数は面倒だから40%にしておきます)これは簡単でたとえば1000キロカロリー必要なら、600キロカロリーは輸入に頼り、国内で生産するのは400キロカロリーだけという話ですね。
ところで昭和40年(1965)は、食料自給率は73%、そこそこの値を保っていたわけです。昭和45年になっても、自給率は 60%、つまり半分以上は国内産でまかなっており、それで別にどうという問題はなかったのであります。
日本の食料自給率が100%を割り込んだのはいつだったか? 石川英輔先生がお調べになりましたが、農林水産省に問い合わせても昭和35年(1960)年より前の統計は残っていないとか。公文書を勝手に処分するのはケシカランのだが、まあ供給の絶対量が不足しているとき自給率の数値など、意味がなかったのだろう。
年代があっちこっちに飛び恐縮だが、昭和35年(1960)には、自給率はすでに100%を割っていて79%、ずいぶん早くから「全部を国内で」は無理だったことになる。
石川英輔先生が強調されているのは、「食料自給率が高いからといって、必ずしも豊かな食生活を意味しない」ということです。たとえば昭和19年(1944)大東亜戦争末期の日本では、食糧の輸入などできる状況ではなかった。自給率は100%に限りなく近かったはず。しかし、当時の日本は食糧不足で、人々は貧しい食生活にひたすら耐えていた。自給率はあくまで数字でしかないのです。
じゃあ21世紀の日本ではどうなっているかというと、食料自給率40%の現代日本では、食料は全く不足していない。それどころか、いかにして痩せるかが重大な国民関心事となっています。昼のテレビコマーシャルを見ると、「痩せるための運動器具」や、「健康補助食品」などが驚くほど多い。ケーブルテレビでは、ほとんどのCMは健康食品で、ヘルシーとかいうのだけど、要するにカロリーを減らす目的の商品のオンパレードです。また子供にも糖尿病が現れています。つまりカロリーの取りすぎですね。細かく調べていくと、われわれがとんでもない食生活を(筆者ではなく、石川英輔先生がいってるんですって!)送っていることがわかってくる。
①京都大学環境保全センターの高月 紘(たかつき・ひろし)教授は、三回にわたって京都市内の同じ場所で、台所ごみの内容を詳しく調査された。(学者も楽じゃない!)その結果、台所ゴミのうち食べ残しごみが35.7%という驚くべき数値に達していることを確認した。しかも、食べ残しごみ全体の約四分の三は<手つかず食品>、つまり、賞味期限前か賞味期限後、一週間以内の即席ものや冷凍食品なのだそうだ。
②平成8年(1996)に、農水省の食料需給表にもとづいた食料供給量と、厚生省(当時)の国民栄養調査による食料摂取量の差を計算した数値が発表され、こちらも32.4%の過剰供給になっている。32.4%とはおよそ3分の1、買った食品の3分の1を捨てていることになる。
③平成11年(1999)だったと思うが、科学技術庁(当時)が一年間の残飯を金額として計算したら、11兆1000億円だった。国内産の農水産業による生産額が12兆4000億円だから、食糧自給分の90%近く、つまり大部分を捨てていることになる。数字に直すと国内産が40%、これの90%を捨てている計算だから40%×90%=36% という数字になります。
以上の独立した、信用できる3機関による研究結果がほぼ同じ数値、これは現代の日本人は食べられる食料の30~40%をゴミとして捨てていることをはっきり示しているので、わたしたちが、およそ「生物の常識から外れた食生活」をしている(だから筆者でなく石川英輔先生のご発言ですって!)ことは間違いなさそうだ。
現在の食料供給量の全体を100とすれば、そのうちの35を捨てているのだから、実際は65あれば充分だ。もし、もしですよ?かっての大東亜戦争終了直後の食糧危機のときのように、米一粒残さず食べ、国内産の食料を全部食べたら(だから、もし、ですって!)どうなるか? カロリーベースの自給率が40だから、65-40=25で、輸入はわずか25で済む計算になる。すると現代日本のホントウの食料自給率は75%ていどで、昭和40年(1965)頃の水準なのだ。穴の開いたバケツで水の量を測ってもしょうがないでしょうが。
世界有数の金持ちとなった日本人は、必要量の1・6倍もの食糧を輸入、その大部分を捨てている。だから自給率が下がる。いざとなったら捨てるのをやめれば、まあ何とかなるといったところだろうか。
ここからは石川英輔先生でなく、筆者の雑感ですが、①賞味期限や消費期限などの見直しを直ちに進めるべきだろう。日本には知恵者が多い。昭和40年頃こんなシステムはあったか?もっとも消費期限を書き換えたり、産地の偽装はそれこそ厳罰で臨む必要がある。
②次にBSE問題などは、もっと現実的に考えるべきだろう。日本で牛から感染してのBSE犠牲者は何人なのか?あれは特定部位を口にすると、大脳がスポンジのようになる病気にかからないとは言えないくらいの話であります。イギリスでは「階段から落下」、「バスタブで溺死」のほうがずっと多い。もし米国から牛肉が来なくなったらと推理を働かせる必要がある。
③もっと米を食えといっても現実には困難だろう。速い話しおかずを減らすことが、現代の日本人として無理なく可能か?実際問題としては無理がある気がする。
怖いのは食料価格高騰よりも人口爆発だろう。もし地球人口が100億人を超すと、飢餓は、ホントウにやってくる。あちこちの国際研究機関がすでに算出した数値だ。すでに日本では魚の価格が高騰を始めています。そそ、中国です。小さいのまで根こそぎとるからですね。筆者は老人ですから、そのころは多分お先に失礼していますから、あとは適当にやってください。
食料自給率の数字はそれほど安易なものではない、などと格好をつけてしまった。だから年寄りは嫌われると、わかってはいるのですが、やめられない。カロリーベースの食料自給率は、世界のどこでも使っていない。計算もしていないんです。フランスのカロリーベースの食料自給率は農水省で計算しております。だからすべてが農水省内部の虚構の上に成立しているのであります。
引用図書:『江戸と現代ゼロと10万キロカロリーの世界』石川英輔著 講談社 2006年刊
