(60)江戸・棒手振り | 江戸老人のブログ

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この国がいかに素晴らしいか、江戸から語ります。

 


江戸・棒手振り(ぼてふり)

 日本橋の河岸で魚を仕入れた行商人、天秤棒を担ぎ両端に荷をさげた。棒手振り(ぼてふり)と呼ばれたが、扱った商品は食料だけではない。何しろ江戸は百万都市、それに男やもめが多かった。

 さまざまな職人が回ってきては、穴の開いた鍋釜の修理、欠けた茶碗をなおすなど、また買い集める者は、古布、古紙、カマドの灰 古い傘の骨(張り替えて新品に)などがある。

 

 江戸時代の風俗を正確に記録して、信頼できる『守貞謾稿(もりさだまんこう)』は、岩波文庫『近世風俗誌』で簡単に入手できる。(987円)全部は不要だろうが、一、二冊購入しておくと便利だ。これによると食品だけで50ほども列挙してある。この中で鑑札、つまり許可が必要なものと、不要なものがあるが、食品類はほとんど不用だ。

 たとえば、魚 タバコ 果物 塩、飴、おこし、味噌、酢醤油 豆腐こんにゃく 心太(ところてん)、餅、などは自由で、①50歳以上の者、②15歳以下の者、および③身体障害者、が商ってよいとされた。優先的にということだろう。背後に弱者救済措置がある。ちなみに座頭(視覚障害者)や寡婦、なども小口金融が許された。

 座頭金(ざとうがね)という高利の金、たとえ武士でも、返済を迫られると青ざめる。座頭は特別で、直接奉行所へ訴えることができたからだ。 
 

 幾度も書いたが、江戸には全国から労働力が集まり、かごかき 日雇い人足 下男 などとして働くが、最も簡単に始められた商売が「棒手振り(ぼてふり)」だった。これで小金を貯め、屋台、小屋掛けの簡易食物・茶店なども夢ではない。そうすれば雨が降っても商売はやりやすい。


 棒手振りの代表的な一日を書くと、青物、つまり八百屋の棒手振りの場合、一文を現代の25円として換算すると、仕入れ額は、一日六百文(1万5千円)ほど、声をからして、一日中、野菜を売り歩き、売り上げ1貫3百文位(3万2500円)といったところだろう。

 ① 明日の仕入れ代金を6百文 ②家賃は竹筒の貯金箱へ七十文(1750円) ③女房へ米代二百文(5000円)と ④味噌醤油50文(1250円)を渡すと、子供が菓子代をほしがり、12文(300円)を渡す。売れ残り野菜を自分の家で食べる分として100文、手元には300文(7500円)が残る。飲みに行きたいところだが、明日、雨が降ったら商売は出来ない。たちまち困ることになるから、悩ましい事態となる。棒手振の生活は、おおむねこのような印象だったことだろう。


 仕入れ代金を借りる場合は、100文につき一日2文から3文の高利だった。600文借りると、一日に18文が利子で消え、その他も掛かるから、子供の菓子代は出ない

 幕府は・享保年間に、食べ物商人を調査し、多すぎると、抑制方針を取ったが、そんなことでは納まらない。

 文化年間(1804~1818)江戸市中で、床店(とこみせ)という簡易な食べ物屋が6000軒を超えた。この店前を棒手振りがそれぞれ売り声をかけながら歩く。箱に商品を入れ背負う売り手もいる。さぞや、にぎやかだったに違いない。売るものによって、売り声に独特の節回しと声色があり、このマネをする芸があった。
 

 文化2年(1809)日本橋から今川橋までの通りを描いた絵巻があり『煕代勝覧(きだいしょうらん)』というが、まあ、賑やかなものだ。『江戸の料理と食生活』原田信夫編小学館など、見ているだけで楽しめる。(2800円)。日本橋魚河岸(関東大震災後、築地へ移転)の賑わいから、味噌屋、蒲鉾屋、菓子屋、居酒屋、蕎麦屋、仕出屋、汁粉屋などが三井越後屋などの大店にならんで、堂々と軒を連ねている。仕出屋などは、何でもお好み次第「お届けします」などとアピールしている。
 江戸期に各店ガイド本が出版されており【江戸買物独案内(えどかいものひとりあんない)という。「い」から「す」の部の「摺りもの」まで、175業種上下二巻というが、飲食は別冊になっているそうだ。

 【飲食の部】を覗くと、お料理、七色茶漬け 淡雪、女川菜飯、御前そば、うなぎ蒲焼、すし、おしるこ、などが見て取れるが、店名が掲載されているのは広告料を払った店だけ、なかなか商売もうまかったようだ。【玉寿司 元祖・玉鮓(すし)
所・翁屋しょうべえ】【鎌倉屋丈右衛門 鎌倉屋「元祖鮒昆布巻所(がんそ・ふなこぶまきどころ)】などの文字が見え、それぞれ特徴をアピールしている。
 
 最後に棒手振り、つまり行商人たちの業種をアトランダムに記します。百万都市の賑わいを売り声と姿を、共にご想像いただきたい。

 野菜、魚貝類、あさり・蜆(早朝)、鯵売り(夕方)、豆腐、納豆、どじょう、梅干し、唐辛子、浅草海苔、塩、各種あめ、ところてん、白酒、枝豆、そば、うなぎ、なべやきうどん、しるこ、ぞうに、おでん、燗酒、煮しめ、あんかけ豆腐、こはだ鮨、稲荷鮨、文房具、おもちゃ 筆や硯、各種器、竿竹(さおだけ)、はしご、洗い張り用の張板、小間物、行灯(あんどん)用の灯心、油、ざる、下駄、古着、こっぱ(木材の細かい屑。薪のたきつけに使用) 刻み煙草、

 貸本屋 暦売りや、芝居の番付売り、吉原の案内書売り、七草粥用のナズナ売り、初午(はつうま)の太鼓や絵馬、草餅、柏餅用の柏の葉、すだれ、蚊帳(かや)、風鈴、金魚、松虫・鈴虫、ほおずき、団扇(うちわ)、七夕の竹、盆の灯篭、蓮の花や葉、箱庭、冬至のまじない用のかぼちゃ、切り花 福寿草、梅の盆栽。草花の苗を売ります。

 きゅうり、へちま、朝顔、煤払い用の竹、御神酒徳利、神棚用のえびす、大黒、下駄屋(鼻緒のすげ替え・下駄の歯入れ替え)。錠前直し、鋳掛け屋、鏡磨き 焼きつぎ屋(壊れた瀬戸物修繕)古紙 鉄屑、蝋燭の流れ買い、(ろうそくをもう一度作る)古椀 (肥料・アルカリ物質・「かまどの下の灰まで俺のもの」はここから)
 

 一斉に売り声の調子を取りながら歩いていく。江戸の一日は忙しい。

参考【江戸の料理と食生活】原田信夫 江戸散歩東京散歩【成美堂出版】
石川英輔「大江戸仙境録