早く元気な顔みせてください | YORK

早く元気な顔みせてください

【六本木のある店、そこは勝新のなじみの店だった。
そこに今でも、脂の乗った鮭の腹の部分とわさびを添えて茶漬けにした「バズ茶漬け」という名物がある。

命名者は勝新だ。彼の好物で、初めての客が来ると必ず勧めていた。
命名の由来はB'zの稲葉浩志。

勝新がいつものように、その時は違う名前のその茶漬けを食べていると、一人の男が店に入ってきた。

勝新には初めて見る顔だ。初めてだが、勝新はその男が一目で気に入ってしまった。
いわば一目惚れである。
「おめえさん、いい顔してるな。おめえさんの目は本物の目だ。いい、凄くいい。
裕次郎以来、久し振りに本物に出会った思いだ」
勝新は男に話しかけた。
「ありがとうございます」
「ところで名前は何て言うんだ?」
「稲葉浩志です」
これが二人の出会いだった。
顔だけで人間の善し悪しを判断していく。これも勝新ならではの特技だろう。
その時、勝新は彼がB'zのボーカルであることは無論、何をしているかも知らなかった。
以来二人は生ビールにテキーラを垂らして「マリファナ・ドリンク」と名づけては乾杯していた。

彼がB'zのボーカルだと分かってからは、時間の許す限りコンサートに行っていた。
あれは横浜でのことだった。彼はそのコンサートに感激して青いテンガロンハットを稲葉の頭に乗せた。
それは兄の若山富三郎の形見の帽子だった。
その時のコンサートのタイトルが「BUZZ」。自分達の演奏を例えて「蜂がブンブン騒いでいる」という意味だ。
それにちなみ勝新は、彼と出会った店での大好物を「バズ茶漬け」と名づけた。

勝新が入院する時、稲葉は初めてのソロアルバム「マグマ」を出した。
「お届けします。早く元気な顔を見せて下さい」
アルバムにはこんなメッセージが付いていた。
勝新は感激して、死ぬまで何度も、そのアルバムを繰り返し聴いていた。
「一度だけでもいい、死ぬまでにもう一度稲葉さんに会わせてあげたかった」
勝新が死んだ後、中村玉緒さんの口からこんな言葉を聞いた・・・。】