早稲田にある漱石山房記念館に行って来ました。早稲田で生まれた夏目漱石、英語の先生として松山や熊本に赴任しましたが晩年の9年間は早稲田に戻って執筆活動をしました。その場所が漱石山房ですが、現在は記念館になっています。
漱石山房記念館のパンフレットより
高田馬場駅から東西線で1駅早稲田駅を出てすぐに夏目坂通りがあります。緩やかな坂を登ると左折の看板があるので左折、少し歩くとまた左折の看板があり左折、坂を下って突き当りの道の右手に漱石山房記念館がありました。
早稲田駅から近いと思ったのに10分以上かかったので意外と遠い、と思ったら遠回りしてました。漱石山房記念館に行くには漱石山房通りを行けば5分くらいでした。夏目坂は登る必要なかったのです(笑)。
夏目坂通りの看板。
夏目坂の由来。夏目坂という名前は夏目漱石のお父さんが命名したそうです。先に見える信号を左折しました。
漱石山房通りを行けば5分くらいだったのに、夏目坂を経由したので2倍の時間がかかりました。
この細い道が漱石山房通りです。
漱石山房記念館。夏目漱石終焉の地の看板。
入館すると夏目漱石の紹介ビデオや略歴を書いた展示物があります。ここ迄は無料です。300円を払って入場すると詳しい資料を見る事が出来ます。最初に訪れたのは夏目漱石の書斎、漱石山房は戦争によって焼失してしまったので、残っていた写真などを基に再現させたそうです。
順路は黒猫の看板が教えてくれます。
殆どは写真撮影禁止ですが、夏目漱石の小説の一節は撮影可能でした。
・人間は好き嫌で働くものだ。論法で働くものじゃない(坊ちゃん)
・百年待っていて下さい。百年、私の墓の傍に座って待っていて下さい。きっと会いに来ますから(夢十夜)
他にも
・呑気に見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする(吾輩は猫である)
・智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい(草枕)
<夢十夜>
実は夏目漱石の小説、殆ど読んでいないのです。「吾輩は猫である」も「坊ちゃん」も知ってはいるけど、ちゃんと読んでいません。まして「夢十夜」は初めて聞きました。「夢十夜」、気になってネットで検索しました。
こんな夢を見た、で始まる十の夢のお話。
第一夜(要約)
こんな夢を見た。
腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。・・・「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」・・・。言われた通りに墓を作って、その傍で月日が過ぎるのを待っていると、墓から茎が伸びてきて百合の花を咲かせる。冷たい露のしたたる百合の花に接吻して、遠い空を見たら暁の星がたった一つ瞬いていた。「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。
<感想>
第一夜は、とても幻想的で素敵な内容に感じました。百年後に合う、百合ですね。
私は毎晩夢を見るので、今度は私の夢十夜を書いて見ようかな。えっつ?先ずは夏目漱石の小説を読みましょう、ですか?ごもっともです。
<夕食は>
午後はいつものボランティアをして、夜は妻が出かけていて夕食は各自でと言われていたので、相模大野駅ホームの箱根そばでイカ天うどんを食べました。箱根そば60周年記念で頂いた無料券を使ってかき揚げをトッピングしたので、ちょっと贅沢なうどんになりました。
イカ天とかき揚げ天ぷらの乗ったちょっと贅沢なうどん
箱根そば60周年記念クーポン券、次はコロッケか温泉たまごですね。













