記憶を呼び覚ます | 設計事務所で働いております。

記憶を呼び覚ます

土日風邪引いてしまい、外出できませんでした…
本当は、建築ツア~の様子を記述したかったのですが、出来ないので(ちなみに今も鼻水垂らしてます)記憶というものについて考えてみたいと思います。

大阪に来て一年が経とうとしていますが、昨年震度5の地震がありました。関東に住んでいた頃、大きな地震を経験したことなかったのですが、さすがに気付きました。

構造設計は建築を考える上で最も大切といってもいいかもしれません。建物は建たなければ意味が無いですから…。構造についてあまり詳しくは知らないのですが、耐震構造とか大変みたいですね(計算が…)。実際に使用する人が安心して利用するには、構造が一番大事なのかもしれません。

この震度5初体験の時、「自分は関西の人じゃないんだ~」と改めて実感したんです。地震の時、私は近所を歩いていたのですが、周りのシャッターが揺れる音や、自転車が倒れる様子を見て「あ、地震だ」と初めて理解できました。するとすぐに、近所の家からは人々が一目散に表へと走り出してきたのです。

阪神大震災から10年が経過しました。復興は進み、震災があった様子は神戸、淡路でもあまり見ることが出来なくなってきたようです。しかし、人々の記憶の中に「恐怖」は記憶として心の奥底に残り続けているのです。直接、体験したものにしか分からない恐怖が…

2001年9月11日、アメリカでのテロ事件。WTCの跡地にはダニエル・リベスキンドの設計で新たなる建築を創り出そうとしています。しかし、実際にテロを体験した人々の意識って反映されてるのでしょうか?単なるモニュメントで終わってしまいそうな気もしますし…(ちなみにリベスキンド氏の作品はめちゃめちゃ好きなんです)そもそも、なんでテロが起こったのか?っていう根本的な原因を無視しての建築なんてどうなんでしょうか?「平和」を目指すといいながら戦争をし続けるアメリカ。なんか矛盾を感じます。

アメリカの場合、自業自得的な部分もありますが、被害者の心には深い深い恐怖が植えつけられています。その部分を無視しないで建築に反映させることって無理なんですかね?