物心ついた頃には、親は宗教に入っていた。
理由も意味もよく分からないまま、毎週末はお参りに行く。
でもそれは、疑うものでもなく、ただの「当たり前」だった。
幼稚園までは、兄と父と母と暮らし、
たぶん私は、普通の幼稚園生だったと思う。
小学生になると、急に名古屋へ転校することになった。
それも、なぜなのかはよく分からないまま。
でも私は新しい環境にも割とすぐ慣れるタイプで、
その場所でも、特に大きな違和感なく過ごしていた。
名古屋に行ってから、両親の仲はあまり良くなかったらしい。
毎日のようにケンカをしていたと、後になって聞いた。
けれど当時の私は、その記憶もあまりなく、
気づいたら両親は離婚していた。
それも、やっぱり意味が分からなかった。
大人になってから、
母は「あれは宗教によって、そうさせられた」と話していた。
離婚後は、母と兄と私の3人で暮らしていた。
母は宗教の代表がやっていた飲食店で、夜遅くまで働いていた。
兄はだんだん家に帰ってこなくなり、
気づけば私は、ひとりでご飯を作り、ひとりで食べる日々を送っていた。
とにかく、寂しかった。
そんな私を見かねて、
友達のお母さんが夜ご飯を食べさせてくれたり、
家に呼んでくれたりすることがあった。
それが、本当にうれしかった。
「気にかけてもらえる」
「ここにいていい」
そんな感覚を、初めて知った気がした。
小学校6年生に上がるタイミングで、
またしても宗教の関係の人の言葉がきっかけだったのか、
今度は私だけが、父方の叔母の家に預けられることになった。
理由は、やっぱりよく分からなかった。
叔母といとこの家には、
宗教の観点で少し怖いと感じる立場の人もいて、
心から安心できる場所ではなかった。
それでも、おばあちゃんと一緒に
買い物に行ったり、料理をしたり、
家のことを手伝う時間は、どこか安心できた。
正直、めんどくさいと思っていたけれど、
今振り返ると、あれはとてもありがたい環境だったと思う。
小学校時代の私は、
友達と遊びに行くこともほとんどなく、
たまに学校が早く終わった日に、
友達の家で少し遊んでから帰る。
それが、唯一の楽しみだった。