昨日に引き続き、
どうして私が英語教室?
です。
私の人生の中で
大きな壁が
3つ
ありました。
1つ目は
小学生のころ。
2つ目は
大人になってから。
そして、
3つ目は
子どもを産んでから、まだ続いています。
きっとこれは私の命題なのでずっとつきあいます。
さて、
今日はその1つ目。
幼い私にはかなりの壁でした。
それは
デブでバカ
でした。
今だったら間違いなくイジメに入るんだと思うんですが、
小学校高学年の私は
4年生ぐらいに
学校からこんな指導がありました。
肥満教室があります。
給食が終わったら直ぐに体育館へ縄跳びを持って集合しなさい。
集められていたのは
ぽっちゃりな子ども達数人。
掃除の担当からはずれたその子達は先生の指導の元、縄跳びをさせられました。
おデブちゃんなのですぐにへたばってしまいます。
保健の先生の指導の元、
大切な昼休みを縄跳びで過ごします。
そんなところへ行ってるから、
もちろん
男子達には格好のいじめ材料。
デブ~。デブ~。
とからかわれます。
喧嘩っ早い私は速攻で反撃!
殴り合いまでいく喧嘩をするもんだから
たいてい居残りで怒られてました。
親もよく呼び出されてました。
そんな小学生時代。
さらに、
飽き性の私は
算数が苦手に見られていたみたいでした。
文章題のようなトリッキーな問題が好きな私にとって
計算はつまんない。
答えも中途半端。
図形も適当。
字も汚いので、ナニ書いてあるのかさっぱり?
書き写しは最低でした。
だって、楽しくないから。
ただうつすだけなら、コピーすればいいじゃん位に思ってました。
だから、
せめて楽しくなるように、
逆から書いてみたり、斜めに進んでみたり。
もちろん
途中で飽きます。
だから、
宿題も歯抜け状態。
こういう子は俗に言う
問題児。
というわけで、
またからかわれて喧嘩して、
先生に怒られて、
帰ったらお父さんに怒られて。
こんなループで過ごした小学生時代でした。
そして、
中学生。
多感な時期を迎えた頃に
普通はマイナスに行くんですよね。
でも、私はいかなかった。
それは
英語があったから。
実は小学生1年生のころから英語教室に通っていました。
だから、中1くらいの英語ならとっくに修得済み。
英語は努力なしで優秀。
でも、
勉強をすごくしてた訳ではないんです。
最初にとっかかりは
英語は毎日しなくてもできたからなんです。
英語始めは
ヤマハ
でした。
つまり、
メインはピアノ立ったんです。
言われたことをやるのが嫌いな私にとって
練習しなくていい英語は
チョー簡単!
ピアノも
練習しなくていい
聴音と
楽譜を書くことなら
大好き!
というわけで中学生になったとたん、
バカのレッテルは
消えました。
次に
デブ。
幼稚園児のころから通っていた水泳教室が
ちょっと
遠かったんで、
近所にできた
新しいスイミングスクールに移りました。
小さい子が多めのスクールから一転。
そもそも
人が少ない。
そのスクールに入りなおしているので
まずは
レベル分けテスト。
そこで
何でか、4泳法
全部できてしまった。
ので、
のんびり水遊びレベルから
急に
選手コースへ、
変わってしまったんです。
それが、
5年生で起こりました。
しかも最初は
まさかの一人。
今思うと結構きつい練習でしたが
泳ぐのが好きなので
苦じゃない。
1時間で2kmなら楽な方。
氣付けば弟も同じコースにいて
1年後には
3人になっていました。
それを続けていて
中学生になっていたので、
週1回のスイミングで
見た目はオデブ、
夏場はヒーロー。
誰にも負けない、
いや、
一人だけ負けてました、水球をやっていた男の子に。
あちらさんは
本気のスポーツでしたし、
勝負心は持ち合わせていない私には
関係ない。
そして
デブも卒業してました。
小学生のデブでバカだった私は、
氣付けば
優等生でリレーの選手に選ばれるまでに
変わっていました。
(地元の塾には通っていました。ECCにも通っていました。)
水泳は塾にいくために中1でやめてしまいましたが、
それでも
私の壁を壊すには充分に
力を発揮してくれました。
続きはまた
明日。
お付き合いいただきありがとうございます(*^▽^*)
氣が向いた方はまた明日、宜しくお願いします。