まだまだ余震が続いているばかりか、


今度は静岡までもが大地震に見舞われてしまいました。


毎日TVで見る光景も、辛いものばかりです。


何も出来ない自分がはがゆくて仕方がありません・・・。


今、ワタシに出来ること・・・


節電すること


買いだめをしないこと


義援金を送ること


そして、祈ること・・・


そんなことしか出来ないけど


救援物資が早く行き渡って欲しい


一人でも多くの人を救助して欲しい


離れ離れになってしまった家族がいる人は、早く見つかって欲しい


そして、一日も早く、復興できますように!


そんなことを願うばかりです。







ココから先は、ワタシ自身が、3月11日を忘れないために


書き記しておこうと思ったので、だら長くなります。


スルーしていただいて結構ですから~!




3月11日に東日本を襲った地震発生時、


ワタシは、サブのお仕事で、大きなパーティー会場にいた。


準備を着々と整えていく最中に起きた地震。


何かギシギシと音がするな・・・と思っていたら揺れ始め・・・


震度2か3くらいかな?


よくある地震、すぐおさまるだろ・・・


そう思っていたら、そこからの揺れがすごかった。


「なにこれ~!?なんなの~??」


まるで、アトラクションのように大きく揺さぶられる感じ・・・


止まる気配がない・・・どころか、どんどん大きくなっていく。


天井から下がっている照明器具がガタガタと音を立てて揺れる・・・


これ以上大きく揺れたら、この天井が落ちてきて、ここで死んじゃうな・・・


本気でそう思ったくらいの大地震。


長い長い地震・・・


おさまったかと思うとまた揺れる・・・


いつになったら、止まるんだろ・・・


初めて体験する大地震。


止まってからも、震えが止まらず、足がガクガクしていた。


こんな時に、仕事なんてしてる場合じゃない!


幸い、家に電話していい と言われたので


カバンに携帯を取りにいき、電話してみる


・・・繋がらない・・・


何度かけても、繋がらない・・・どこにも・・・


そうこうしてる間に、大きな余震。


テーブルの下に隠れながら、また電話してみる。


どうしても繋がらない。


気がかりなのは、次男。


出かけると言ってたけど、行き先は聞いてない。


もしや・・・電車に乗ってて、この地震で脱線事故でも起きてたら!?


そんな悪い発想ばかりが、頭をかすめた。


電話が繋がらないので、メールを送ってみる。


こっちもなかなか繋がらないけど、何度かチャレンジするうちに送ることが出来た。


「みんな無事か?どこにいる?」


家族に一斉送信。これだけ書くのが精一杯だった。


なかなか返事が返ってこない。


大丈夫か、みんな・・・


しばらく経っても返事がないので、メールの問い合わせをしてみる


返信が3通着てる!!!


みんな無事!よかった!!!


心配した次男は、秋葉原にいた。


上野方面の電車に乗り換えようとしたところで地震が来て


足止めを食っていた。


よかった、とりあえず、みんな無事で!!



あとで聞けば、震度6弱。


耐震設備が整った建物の中であるとはいえ、かなり怖かった。



結局、この地震で、パーティーは中止となり、夕方5時には開放された。


外に出て、家路を急ぐ。


家の中、どうなっているだろう?


そんな心配な気持ちで外に出たのだが・・・


外は、いつもの景色と明らかに違う・・・


地震でできた地割れ。


隆起したり陥没したりで、凸凹になってる歩道。


そして、一番驚いたのが、液状化・・・


コンクリートをゆるく練ったようなドロが地面からあふれ出てる。


あっちにも、こっちにも・・・


そのドロが車道にも流れ出て、通行を妨げている。


歩道もドロが山盛りになって、歩けないところも・・・


そのドロをよけながら、たくさんの人がゾロゾロと内陸の方へ歩いている。


最寄り駅はすぐそこなのに、電車が止まっているので、駅の役割を果たしていない。


そんな地面から出てきたドロの山をいくつも越えて、ようやく家にたどりついた。


幸い、家も、特別な損傷を受けることなく無事だった。


普段から、背の高い家具は置いていないので、倒れたり、上からモノが落ちたりということもなく


ただ、飾っていた、いくつかのB'zのメッセージカードがパタリと倒れているくらいだった。


少しずつ、いろんなものが、前に動いているような気はしたが。



ほっとしたのもつかの間、


秋葉原で足止めを食った次男だが、


電車は運休決定!帰ってくる足がなくなった。


ワタシは、駅で朝まで待てば、きっと電車も動くだろう・・・と思っていたんだけど


駅にいた人たちは、すべて、外に出されたらしい。


そうなってくると、居る場所もなくなってしまう・・・


再び、次男に電話が繋がった時は


「今、錦糸町の近くを歩いてるんだ!みんな歩いてるから、歩いて帰るよ。


夜中には着くと思うから、待ってて!」


とくに不安も迷いもないような、しっかりした声で、そう言ったのだ・・・


ウチから秋葉原までは、電車で1時間くらいかかるからね・・・


そこを歩いてくるって、どんな算段!?



なんだか次男が気の毒になって、


途中まで、車で迎えに行くよ!


○○駅で落ち合おうね!


そう言って、ワタシは旦那を隣に乗っけて車で出かけた。


家から二つ先の駅までだったら、裏道がわかるから、


そこを通っていこう!


その後は、国道にでないとよくわからないんだけど・・・


とにかく出かけた。


そして、裏道を通りすぎ、国道に出た途端、渋滞した車の列が!


そこからはもう、どれだけ時間が経っても、前に進むことが出来なくなった。


待ち合わせの駅は、まだまだ先だと言うのに!


渋滞するのにも、ワケがある。


電車も全面ストップならば、高速道路も全面通行止め。


なので、みんな車で移動しようとして道路は車で飽和状態に!


結局、迎えに行くと言いながら、自宅から二つ先の駅までしか行くことができなかった。


動けない車の中から見えたものは、壊れた塀だけじゃなく


歩いて帰宅しようとする、たくさんの人たち。


ゾロゾロと東京方面から歩いてきたのだろう・・・


中には、足を引きずるように必死に歩く人や、


途中でアキレス腱を伸ばす運動をするためにたちどまり、


そしてまた歩き出したりする本当にたくさんの人たち。


なんてたくましいんだろう・・・その光景に、ちょっと感動。。。


こんなとき、車なんで、ちっとも役に立たないと思い知る・・・



そこにようやく現れた次男・・・時計は午前3時を過ぎていた・・・


相当歩いてきたからクタクタのはずなのに、ワタシの車をみつけると、こっちへ走ってくる!


草食系だとばかり思っていた次男だが、意外と骨太!?


少し見直した瞬間。。。



家に到着したのは朝方4時近く。


帰るとぐったりして、みんなでコタツに寝てしまった・・・


ちなみに、長男は、仕事場を離れられず、お泊り・・・



この日に起こった怖い体験・・・忘れない。


それから、意外な次男の強さと、家族の絆も!


でも、これは、ワタシや家族が無事であったからこその想い。


被災地で家族がバラバラになってしまったり、


家を流されてしまったり・・・


明日が見えない・・・いや、今日さえも見えないであろう人たちのことを考えると


胸が痛む・・・


でも、生き残った命


生かされた命


その命を大切に、元気に、前を向いて、生きていって欲しいと思うのだ。



人は自然の前では無力だ・・・


津波の映像を見るたびに思い知らされる・・・


でも、自然と共に、生きていくしかないからね・・・



がんばろう!!