介護とリスク
遠距離介護を始めて1年
週5日働き、週2日母を看る。
まだ身の回りは出来ているが徐々に本人も困ることが増えてきた。
アルツハイマーと違うので 用語がわからなくても出来ることはまだ多い。
この🔰1年の私が思い続けたこと
外野の声の多さです。
しかも心配と苦情が入り混じる 好意と嫌悪が混ざっているから厄介なものです。
特に介護をやらない人が
もっともっとと重箱を突くような要求をしてくること。正直しんどい。
ネットや専門の方々に相談し
出来うる限りの対応をこなしてきた。
自分の連絡先を伝え、ご近所さんに見守りをお願いして、出入りの多い店にも頭を下げて対策を講じた。
道迷いに対しても出来るだけルート把握や状況チェックをして対応してる。
繰り返し 同じコースを使うように伝えても
まだ私は大丈夫と確認したい本人は
うる覚えの道を通って自信を持ちたいので
言うことを聞いてくれない。
そんな介護者のことを知らない人や卓上の空論しか見ていない人はここがリスクと指摘してきます。
代表的なのは 転んで怪我するリスク…
って高齢者だけじゃないよね。
「お前だってコケて骨折するかもじゃん…」
と私は心の中で思ってきた。
徘徊と道迷いを一緒にしてくる。
道迷いのリスク…
道に迷うって普通にあるよね。
今は携帯があって 常にマップが見れるから携帯が使えてる人にはわからないかもしれないが
高齢者は情報がないのだ。
持っていても使うたびに変わる操作、老眼や緑内障で見えない小さい画面。 複雑な機械操作。
携帯を持たずにうっすら覚えのある場所に行って自分は迷わないと断言できますか?
私は携帯があっても東京などよく迷います。
健常者でも起こりうるリスクを目くじら立てて責め立てるのは少し控えて 見守っていただけないだろうか?
確かに心配をかけました。
道を教えてもらいお手間をかけました。
送ってくださった方もいます。
でも 普通に街で起こりませんか?
良かれと思ってだと思いますが道を聞いただけで通報するとか やめてほしいと思う。
明らかに何日も彷徨っている様子だったり
座り込んで動く気配がないとか なら仕方ないけど
普通に道を尋ねてわからないから警察って…
命の危険は話が別ですが 他人を見守れる心の余裕を優しい気持ちを愛が溢れる世の中に
なるといいな…と思います。
絶対いる(笑)
こういう内容で書くと必ず じゃあ同居したら?
つきっきりでいたらいいんじゃない?
という人が必ずいる。
そんなこと、1番わかっているのは家族です。
本人を思う気持ちと現実、自分の人生と親の生活、
兄弟とのしがらみや関係性、あげればキリがない。
自分で決めなきゃやらないことも100も承知。
でも同居、近居、別居、在宅、施設…
愛情と罪悪感、自己愛と親子愛
迷う要素はたくさんあり 覚悟を決めては揺らぎ、揺らいでは決める。
何かしら必ず後悔はのこります。
だから少しでも納得のいく方法を選択してください。
そう同じ病気の家族や診断医師からアドバイスをもらった。
すでにたくさんの後悔。
まだ1年だけど たぶん先は長い。
母をまともにやり取りできるのは後何年だろう、
逆に一緒に暮らしたら預け期を見失うのではないか
自宅がいいという母を施設に入れるのは可哀想だ
けど…けど…
悩んでいるだけで時間が過ぎてしまう。
本当は誰かに聞いてもらい 自分なりの決断を出したい。
でも 相談すると寄り添いではなく 何も知らない人からのアドバイス。それも自分の感覚とは違うことご多い。
同じ想いを抱えている人はたくさんいると思います。
それぞれが 似たような苦悩を抱えながら仕方なく決断をしている。
これから高齢者の人口も増えていくからきっと同じ悩みの方も増えるだろうと思う。
親は親 子は子 どんなに疎遠でも親子。
悩ましい。
あまり他人を攻撃するのはやめましょう。
普段は無関心なのに ここぞという時に叩く
それは思いやりではなく排除になってしまう。
ぜひ"お互い様"を大事にしてほしいと思います