随分長くブログから離れてしまってましたが、
うちのおとんちゃんが、2021年8月29日旅立ちました。
一緒にご心配してくださった皆様ありがとうございました。
6月中旬頃、誤嚥性を繰り返すのでほぼ食べることが出来なくなってきており、
点滴だけでは栄養が十分摂れなくなってくるので、胃ろうをするかどうか
医院長より説明がありました。
おとんちゃんとおかんちゃんはずっと昔から延命はして欲しくないと話し合って
きていたので、延命処置はお断りしました。
その後、6月末と8月中旬に帰省した際に、リモートで面会できたのですが、
6月末は、早く会いたいね~などと会話できていたものの、8月12日には、
寝起きだったこともあり会話も成立しない状態でした。
ちょっと心配やねとおかんちゃんと話してました。
そして、8月28日の夕方、病院より電話があり、血圧が下がってきているので、
個室に移動となったので、5分程度にはなるが面会に来れる人は来てくださいと
連絡がありました。
取り急ぎ、おかんちゃんとおにんちゃんが駆け付け、
”息も絶え絶えで苦しそうやったけど、明日朝もう一度様子見て連絡するから
それから帰っておいで”とおかんちゃんには言われたのですが、おかんちゃんは
いつも気使いぃなので、おにんちゃんに電話変わってもらい聞いたところ、
”帰って来たほうがいいと思う”と言われ、横で電話を聞いていたパートナーも
とりあえず帰り、と言ってくれたので、20時の新幹線で帰省しました。
(実は私8月31日が2回目のワクチンだったのでそれもありどうしようかと
一瞬悩んでました。。。無事に翌週へ変更してもらえました)
そして、29日の朝、病院へ行ったところ、見えてるかどうかわからないけど、
首を左右に振り目を目線を左右に走らせ、私たちが手を握って話しかけていると
苦しそうだった呼吸も落ち着いてきたので、まだしばらく大丈夫かなと思ってました。
ランチに出て、13時半ころ、戻ったところ、目が一点を見つめ呼吸も苦しくなって
そうだったので、ちょっとしんどそうやなぁと思っていたところ、
私たち3人とおとんちゃんの妹夫婦も来ていたもんやから、
婦長さんみたいな人に面会は一人だけ残ってくれと言われ、
とりあえず私が残ることになりました。
ほんとは部屋にも、5分くらい滞在でと言われてましたが、
ずっと手を握って話しかけているところに看護師さんが血圧チェックに来られて、
確認したところ、状況が状況なので、部屋にいてもいいですよと言ってくださいました。
14時20分頃、血圧を測ったところ血圧がもう測れない状態になっていました。
心臓の動きをみていた装置も午前中は50くらいやったのが、43-45くらいまで
落ちてきていました。
目を開けているのが気になったので、”目を開けたまま寝てるんですかねぇ”と聞いたら、
”光に反応しないので、もう意識はない状態です”と言われ、
”あと2時間くらいかもしれませんが、もう会えていない方はいませんか?”
と聞いてくださいました。
この時点では甥っ子が来ることになってたので、”孫が来ます”と伝えたところ、
”おとんちゃんさ~ん、お孫さん来ますよ~。頑張ってくださいね~”と
看護師さんも一緒に声がけをして下さいました。
至急、戻るようにおかんちゃんに連絡し、
ひたすらおとんちゃんの手と顔をさすって、”今までありがとう。しんどかったね、
よくがんばったね、おかんちゃんもうすぐ来るからね”と話しかけていたら、
おとんちゃん2度ほど眉間にきゅっとしわを寄せ、涙ぐみました。
14時40分頃、再度早く来るようにラインをして、14時50分頃、おかんちゃんたち到着。
この時点で看護師さんたちが鼻から入れていた酸素を酸素マスクへ変更し
心音も細かく取れる装置へ慌ただしく変更していました。
おかんちゃんとおにんちゃんが間に合って最後のお別れができ、
15時10分、おとんちゃんは家族に見守られ安心して旅立ちました。
ここ数年、病と闘い、ここ1年はコロナ渦で家族にも会えず寂しい思いもしましたが、
優しい看護師さんたちにも恵まれ、最後は手を握って感謝の気持ちを伝えることが
出来て、おとんちゃんも安心して旅立ったと思います。
午後に自分が残らなかったのをおかんちゃんは気にしていましたが、
今思えば、その時点でその日におとんちゃんが旅立つなんて誰も思ってなかったので、
普段残らない私が残ったのは、最後に神様がおとんちゃんと私の時間を
作ってくれたんやと勝手に思ってます。
長い間あまり好きでなかったおとんちゃんが病気になり、いろいろ話すようになり
いろいろなことを知って大好きになり、とは言え、あまり二人の時間なんて
なかったから、神様が与えてくれたような気がします。
最後エレベーターで見送ってくれたずっとお世話をして下さっていた看護師さんが
”お父様はとってもいいお父様だったんですね。ご家族にこうして見送られて。”と
おっしゃって下さり、感動しました。
改めて、父は周りの人にもほんとに恵まれて、幸せやったなぁ
(あのNグループホームは除いてって根に持つタイプw)と思います。
あと、おとんちゃんの末期の病状ですが、
身体がパーキンソンの症状のせいか、筋肉が硬直してきたようで、
足や手が硬直しており、旅立った後も真っすぐにはなりませんでした。
誤嚥性肺炎を繰り返してました。
意識はしっかりしていたようで、おかんちゃんが以前看護師さんに様子を
聞いた時も呼びかけにはしっかり答えられ、みんなの癒しなんですよと
おっしゃって下さったり、最後に話した看護師さんも、おとんちゃんは
分かっていた分しんどかった部分もあると思いますとおしゃってました。
レビーの症状は、個々違う部分もあるかと思いますが、末期の文献を
見直したところ、幻視などはなくなってきて、筋肉が硬直しやすい、
最後は誤嚥性肺炎が多いと書いていたので、病状そのものだったのかなとも
思います。
おとんちゃんの主な流れ:
2015年頃から様子の異変を感じ、
2018年に3月病院検査。当初アルツハイマーと診断。
同年10月、レビー小体型認知症との複合型と診断変更。
2019年5月グループホーム入居。
2019年12月グループホーム転居。
2020年2月頃から、肺炎のため入退院繰り返す。
2021年療養型医療施設へ転院。
いろいろあったなぁ。おかんちゃんもいろいろしんどかったと思う。
どんな病でも大変なこと。
いろいろ葛藤もあったけど、人生に”タラれば”はないしね。
まだまだ書き残したいことはあるけど、今日はこの辺にします。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
よぴきん