ベトナムを行く3 ホーチミン市建築見聞 


フランス総督→大統領官邸→統一会堂
 ホテルでひと息した後、統一会堂に向かう(写真)。現在の建物は1966年竣工で、当時は南ベトナムの大統領官邸であった。それ以前は、ここにベトナムを支配していたフランス総督の宮殿が建っていたそうだ。

 1955年のベトナム共和国成立後はここがいわゆる南ベトナムの政府となっていたが、1975年、解放軍が突入、サイゴンが陥落し、現ベトナム社会主義共和国が成立する記念すべき歴史的な建物である。
 外観は水平線を強調した飾り気の少ない表現だが、上階の外周には日よけを意図したような縦ルーバーがはめ込まれていて、虫かごのようでもある。

 米軍の北爆は1965年開始だから、まさに泥沼に入り始めた時期であり、地上階は大統領室、内閣会議室、応接室、宴会場、展望室などが豪華に仕上げられているが、地下階は軍事施設で司令室のほかに米軍との連絡施設も並んでいるそうだ。
 ガイドによれば、外観の上部は「中」の字、立面は「興」の字(写真)、上から見ると平面は「吉」の字をイメージしてデザインされたというが、ベトナムの建物にもかかわらず漢字をモチーフにデザインすること自体がおかしい。

 さらに言えば、当時のベトナムの状況を考えれば、長い間の植民地政策による貧困から人民が希望をもって未来に歩き出すイメージが表現されなければならないだろう。そういうまゆつば的な憶測が流布することが当時の混乱をうかがわせる。入場もできるようだが建築的な魅力に乏しいので、サイゴン大教会へ向かう。

サイゴン大教会
 サイゴン大教会(写真)はフランス時代のカトリック教会で、聖母マリア教会と呼ばれてきた。1880年竣工のネオ・ゴシック様式で、建築家はBourardだそうだ。

 左右対称の塔が高々と伸び上がっていて、教会の権威をサイゴン市民に見せつけるかのようでもある(写真)。

 外壁は赤みのレンガが積まれているが、赤瓦、ステンドグラスともにフランスから運んだそうだ。そう聞くと、わざわざ教会のために遠洋を乗り切り大変だっただろうと思いたくなるが、たぶんそれは、ベトナムから様々な物資をフランスに運び出すための船が、逆にフランスからベトナムに向かうときに空船では安定が悪いため教会の資材などを積み込んだためであろう。
 植民地政策ならずとも、船を安定させるために重みのあるものを積み込むことはよくあるらしい。

 内部は簡素なヴォールト天井に木造の交叉リブがとってつけたように組まれている(写真)。正面の祭壇はヴォールト天井と同じ高さの半ドームで、下にマリア像が置かれ、その上の壁にキリスト像が飾られている。

 ミサは毎日朝5時、夕方5時とあるから、ホーチミン市にもクリスチャンは少なくないようだ。

中央郵便局
 サイゴン大教会の横に中央郵便局が建っている(写真)。1891年の竣工で、建築家はVilledieuだそうだ。

 外壁の石積みはサーモンピンクの軽やかなの色合いだが、1階開口部は緩いカーブのアーチ、2階開口部には半円のアーチ、正面入口には大きな半円アーチをのせていて、作りは重厚である。
 正面アーチ上には女性の顔、その左にライオンの顔、柱頭上部や開口上部にも男性の顔や植物の彫刻が飾られている。

 フランスではこうしたバロック的な表現は当たり前であっても、ここ旧サイゴンではベトナム人を驚かせたのではないか。フランス支配を揺るぎないものにしようとする表現であろう。

 内部は2階まで吹き放しの大きなヴォールト天井を鉄骨のアーチが支えている(写真)。

 天井中央にはトップライトが設けられていて、明るい。こうした鉄骨アーチやガラスのトップライトの新しい技術もベトナム人を感嘆させたに違いない。
 地元の人に交じって観光客も記念に切手を買っていて、賑わっていた。

ベンタイン市場
 郵便局から少し南に歩くと、ホーチミン市最大の市場であるベンタイン市場がある(写真)。いまの建物はフランス時代の1914年竣工だそうで、南正面には時計塔が建つ。

 食料、衣類、日用雑貨、土産物などの店がすき間なく並んでいるが、格子状の通路に整然と並んでいるので分かりやすく、迷子になることはない。値段もかなり安そうで、大勢の客でごった返していた(写真)。


ホーチミン市人民委員会
 ベンタイン市場から東に少し歩くと、ホーチミン市人民委員会がある(写真)。1908年竣工のフランス時代の建築で、建築家はGardisだそうだ。

 外壁は明るいベージュ色で仕上げられ、開口部ごとに白い円柱がオーダーをのせて立っている。
 正面上部のペディメントには2頭のライオンと二人の子どもを従えた女性像の彫刻が飾られ(写真)、軒下には植物などの彫刻が巡らされていて、華やかさを見せつけている。

 当初は迎賓館のように使われたのだろうか。

ホーチミン市市民劇場
 人民委員会のすぐ先に市民劇場が建つ(写真)。1898年竣工で、ベトナム戦争中は南ベトナムの国会議事堂として使われ、その後、建設当時の意匠に復元されたそうだ。

 外壁は明るいベージュ色で人民委員会と同じ色調だが、入口の柱は女性像が彫刻され、上部アーチにもいまにも羽ばたきそうな天使の彫刻が飾られるなど(写真)、人民委員会よりも華麗さが強調されている。

 建設順では、教会、郵便局、劇場、人民委員会になり、これらがドンコイ通りと呼ばれるサイゴン川に向かう目抜き通りに並んでいることになる。
 フランスはサイゴン川による水運の便を考え、ここをフランス人街の中枢にしようとしたようだ。
 

 市民劇場の通りを隔ててシェラトンホテルが建っているので、ここでひと息する。ロビーには外国人に混じって日本人がけっこういる。いまやベトナムツアーが流行っていると聞いた。時差も気にならないし、物価も安い、治安もよくなった、食事もおいしい、といったことが人気になっているのかも知れない。ぜひ、観光のみならずベトナムの歴史にも関心を高めて欲しいと願う。

夕食は生春巻き+フォー
 6時を過ぎたので、この近くのル・メコンという店で夕食にした。フランス風の名前だが、ベトナム民族音楽を聞きながらベトナム料理を食べた(写真)。

 エビ、野菜、ビーフンをライスペーパーで巻いた生春巻に少し辛みのあるたれをつけて食べる。それと米麺のフォー、これは薄味の汁で、食べやすい。満腹して、2日目終了となった。