「2024年6月29日 放送 1坪半の模型屋からプラスチックモデルメーカーに 宮脇センム(海洋堂取締役専務・大阪芸術大学教授)」兵庫県高齢者放送大学のお話です。

 私のブログ等に、次の書き込みをしました。


*講師略歴・宮脇センム 氏
 1957年生まれ
 模型や玩具をこよなく愛し
 年2回世界最大の造形の祭典「ワンダーフエスティバル」を主催
 父が模型店として海洋堂の経営に幼少から参加
 80年代以降は造形作家を束ね・小売り業種からメーカーへ転身
 著書:「造形集団海洋堂の発想」他


*海洋堂60周年記念として1坪半の模型屋からプラスチックモデルメーカーになった話をします・1960年代はプラモデルに対する蔑みの歴史・プラモデルを扱う店が2万店舗
以上あった・プラモデルはこどもにとって最先端の文化であった・学校の先生やPTAが取り締まっていた・それに海洋堂は戦ってきた





*このようなお話をされます・ぜひお聞きください



*放送は https://www.hyogo-ikigai.or.jp/ikigai/radio/library.html : 
    2024年6月29日 放送 1坪半の模型屋からプラスチックモデルメーカーに 宮脇センム(海洋堂取締役専務・大阪芸術大学教授)
     
     
     

 
*240629放大テキスト・1坪半の模型屋からプラスチックモデルメーカーに 宮脇センム(海洋堂取締役専務・大阪芸術大学教授) 
     

*私の感想文です:メール投稿しました。6/29土放送・1坪半の模型屋からプラスチックモデルメーカーに・宮脇センム先生 :「買ってもらえなかった」川西市 85歳 高木義治 講師の先生・宮脇センム氏は中学卒・わたしも中学卒・共通点はこれだけ わたしは昭和14年生まれの6男なので 戦後の日本 なんにもない苦しい時代に 買い出しを繰り返して よく育ててくれたという時代 おもちゃなんて買ってもらった記憶がない したがって 遊びは戸外が中心 かけっこや 缶蹴りや かくれんぼ そんな中 どうして手に入れたかわからんが グローブを手に入れた そのあとは 野球三昧 雨の日は我が家に 悪童どもが集まり 百人一首や 麻雀に夢中になった プラモデルは買ってもらえなかったが 結構充実した幼少時代だったと思ってる。




*継続は力なり 「学び続けるひとは輝いている」

 
*ありがとうございます。