初期MVの名作 Peter Frampton / Breaking all the rules | 世之介@仙台東口周辺

初期MVの名作 Peter Frampton / Breaking all the rules

1979年にアルファレコードのプロモーター契約をして
仙台を中心にプロモーションを担当していました。
その頃のアルファはA&Mと契約をしていたのでA&MのMVは見放題。ひらめき電球
もっともテレビのオンエア用3/4インチの時代なので
本社に行かないと見れないんですけどね。

お願いしてベータ(懐かしいw)に落としてもらって
1980年にAUREX仙台(東芝電機)のショールームでVJを始めました。

翌1981年の10月からベストヒットUSAが始まっているので
一年半ほど前ってことになります。

なんでそんなことを始めたかと言えば
AUREX仙台に大型モニターがあって
そこの前にイスを並べて客を入れて
いわば動員のきっかけが欲しいという向こうの要望と
こちらのプロモーションとしてMVを見せたい
(これがプロモーションビデオと呼ばれる理由
 今でもPVとか呼んじゃう人がいるけど
 売り物になった頃からMVと呼ぶのが世界標準)
という要望がマッチしたと言うことなんです。

そんな時代の話。

それまでのMusic Videoって
スタジオでの演奏シーンとか
ライブだったり
アーティストが映ってればOKみたいなレベルだったんですけど

Peter Frampton
Breaking all the rules
は、まったく新しい映像の世界を見せてくれました。
さっき別件で探してたら偶然に見つけたので紹介しておきますね。


後には当たり前になる映画的手法のMVの
これが最初なんじゃないかな。
これの後も続くんだけど
誰か持ってない?

曲自体はもっと後に発表されてますが
映像の方は1979年あたりにはつくられていたと思います。
なにしろこのビデオを見て
音楽は見る時代だ!」と宣言したわけですから。

1981年7月にオープンした「仙台ZiZiQUE」は
世界で初めてのMVで踊れるDISCOでした。

MTVよりも
ベストヒットUSAよりも先にやってやったぜ!チョキ

後のサタマガは1983年5月スタートなので
MVのノウハウは4年の蓄積があってのスタートでした。

さて
1981年8月にアメリカでMTVがスタートしているので
まだまだMVがレギュラーじゃない時代でしたが
そんな頃に
ここまで挑戦的な作品を残していたPeter Frampton!
Comes Alive Again
しても
いいんじゃないかな。