宮城県民防災の日
朝のニュースで
「県民防災の日」
って知ってたけど
午前8:33にエリアメール着信!
やっぱりいつもと違う着信音は緊張する。
1978年の今日
「宮城県沖地震」発生
死者28名(うちブロック塀の下敷き18名)
負傷者1万名余り
(詳しい内容はリンク先のWIKIで)
前の年の10月1日に
新宿歌舞伎町のDISCO
「チェスターバリー」「ミルキーウェイ」の姉妹店
「カルチェラタン」に出張。
いわゆる
新宿歌舞伎町のDJが
1ヶ月交代で来るよってのが売りの地方都市DISCO。
正直
みんな嫌がる(笑)
そりゃね
最先端の新宿DJが田舎町仙台で1ヶ月やったら
現場復帰が大変だから・・・
まぁ
そんな感じ。
当時
東北大に親友がいたから
「3ヶ月くらいいいよ」
って言ったら営業大喜び。
他のDJにも感謝された。
で
そのまま仙台に居着いてしまって
翌年
新宿本社から
「いい加減に帰ってこい!」
って言われて
「じゃあ、辞める」ってライバル店に移籍。
5月いっぱいで「カルチェラタン」を辞めて
6月11日から当時の仙台のトップ店舗「グリーンハウス」で仕事を始めた。
その出勤二日目だったかな?
出かけようとしていたら来た!
宮城県沖地震!
自分でもビックリするくらい落ち着いていた。
部屋にいた3人に
それぞれのポジションで倒れそうな物を抑えさせて
自分も棚を抑えてた。
あまりに落ち着いた対応で尊敬されたわ(笑)
両方の店から
スタッフが心配して来てくれたのが嬉しかった。
小学生で新潟地震を体験していたせいかもしれないけれど
自然災害には強いかもしれない。
東日本大震災の時もオンエア中だったけど
ほとんど笑ってた。
まぁ、怯えた声出したりすると
聞いてる人のパニックを助長するから
明るくするっていうのもある。
スタジオの中のカメラが揺れていて
河本Gに「カメラ抑えて」とか言ってる。
「自分の命最優先!」も言ってた。
仙台市消防局の皆さんのご指導のおかげ!
緊急放送になって
「津波に警戒」をやたら繰り返してたって
後で河本さんに言われたけど
実は「M10.5」というTV映画を見ていて
そのイメージがあったからだと思う。
DMMレンタルM10.5
レンタルでもDVDがあるから
見てみるといいよ。
北アメリカ大陸が分断するパニック映画。
M10.5って
恐竜が滅びた時の小惑星衝突のエネルギーらしい。
今考え得る最大値がM10.5だとか。
M7を越えると危険。
M8はその30倍
M9はそのまた30倍
つまりM9はM7の約1000倍程度。
あの大津波の原因は
そのエネルギー量にあった。
6年前の県民防災の日の3日後
「岩手・宮城内陸地震」発生
栗駒の斉藤さんとつながった。
会ったことないのに6年のつきあい。
災害は
また人と人をつなげてくれる。
そのつながることを再認識させてくれる。
人はひとりで生きているわけではないということを思い知らせてくれる。
東日本大震災では
引きこもりだった青年が多数
ボランティアに参加したらしい。
自分の役割に目覚めたって言ってた若者と会ったことがある。
こんな自分でも「人の役に立てた」と言っていた。
災害に負けない街作りは
ハードだけでは作れない。
ソフトウェアとしての人間
地域の力
ネットワークの力という多重化・多層化されたシステムが必要になる。
今の政治で
どこまで出来るか。
行政はどこまで対応できるのか。
中央政府も
自治体も来るべき次の災害に向けて
準備を進めておかないと
復興途中で次の大災害が起きて
収拾がつかなくなるおそれがある。
集団的自衛権も議論すべきだけど
日本を襲う敵は
そんな仮想的だけではないし
戦うのは自衛隊だけではないということを
認識しておいた方が良いと思う。
災害救助法という
ものすごく柔らかい法律があって
それを活用できなかった
東日本大震災を教訓として
より柔軟な法の運用を今のうちに
考えておくべきだと言っておきましょう。
ちなみに
富士山噴火を想定した対策協議会は
すでに各自治体が参加して活動しています。
単なるトンでも説ではないと言うことも
理解しておきましょう。
「県民防災の日」
って知ってたけど
午前8:33にエリアメール着信!
やっぱりいつもと違う着信音は緊張する。
1978年の今日
「宮城県沖地震」発生
死者28名(うちブロック塀の下敷き18名)
負傷者1万名余り
(詳しい内容はリンク先のWIKIで)
前の年の10月1日に
新宿歌舞伎町のDISCO
「チェスターバリー」「ミルキーウェイ」の姉妹店
「カルチェラタン」に出張。
いわゆる
新宿歌舞伎町のDJが
1ヶ月交代で来るよってのが売りの地方都市DISCO。
正直
みんな嫌がる(笑)
そりゃね
最先端の新宿DJが田舎町仙台で1ヶ月やったら
現場復帰が大変だから・・・
まぁ
そんな感じ。
当時
東北大に親友がいたから
「3ヶ月くらいいいよ」
って言ったら営業大喜び。
他のDJにも感謝された。
で
そのまま仙台に居着いてしまって
翌年
新宿本社から
「いい加減に帰ってこい!」
って言われて
「じゃあ、辞める」ってライバル店に移籍。
5月いっぱいで「カルチェラタン」を辞めて
6月11日から当時の仙台のトップ店舗「グリーンハウス」で仕事を始めた。
その出勤二日目だったかな?
出かけようとしていたら来た!
宮城県沖地震!
自分でもビックリするくらい落ち着いていた。
部屋にいた3人に
それぞれのポジションで倒れそうな物を抑えさせて
自分も棚を抑えてた。
あまりに落ち着いた対応で尊敬されたわ(笑)
両方の店から
スタッフが心配して来てくれたのが嬉しかった。
小学生で新潟地震を体験していたせいかもしれないけれど
自然災害には強いかもしれない。
東日本大震災の時もオンエア中だったけど
ほとんど笑ってた。
まぁ、怯えた声出したりすると
聞いてる人のパニックを助長するから
明るくするっていうのもある。
スタジオの中のカメラが揺れていて
河本Gに「カメラ抑えて」とか言ってる。
「自分の命最優先!」も言ってた。
仙台市消防局の皆さんのご指導のおかげ!
緊急放送になって
「津波に警戒」をやたら繰り返してたって
後で河本さんに言われたけど
実は「M10.5」というTV映画を見ていて
そのイメージがあったからだと思う。
DMMレンタルM10.5
レンタルでもDVDがあるから
見てみるといいよ。
北アメリカ大陸が分断するパニック映画。
M10.5って
恐竜が滅びた時の小惑星衝突のエネルギーらしい。
今考え得る最大値がM10.5だとか。
M7を越えると危険。
M8はその30倍
M9はそのまた30倍
つまりM9はM7の約1000倍程度。
あの大津波の原因は
そのエネルギー量にあった。
6年前の県民防災の日の3日後
「岩手・宮城内陸地震」発生
栗駒の斉藤さんとつながった。
会ったことないのに6年のつきあい。
災害は
また人と人をつなげてくれる。
そのつながることを再認識させてくれる。
人はひとりで生きているわけではないということを思い知らせてくれる。
東日本大震災では
引きこもりだった青年が多数
ボランティアに参加したらしい。
自分の役割に目覚めたって言ってた若者と会ったことがある。
こんな自分でも「人の役に立てた」と言っていた。
災害に負けない街作りは
ハードだけでは作れない。
ソフトウェアとしての人間
地域の力
ネットワークの力という多重化・多層化されたシステムが必要になる。
今の政治で
どこまで出来るか。
行政はどこまで対応できるのか。
中央政府も
自治体も来るべき次の災害に向けて
準備を進めておかないと
復興途中で次の大災害が起きて
収拾がつかなくなるおそれがある。
集団的自衛権も議論すべきだけど
日本を襲う敵は
そんな仮想的だけではないし
戦うのは自衛隊だけではないということを
認識しておいた方が良いと思う。
災害救助法という
ものすごく柔らかい法律があって
それを活用できなかった
東日本大震災を教訓として
より柔軟な法の運用を今のうちに
考えておくべきだと言っておきましょう。
ちなみに
富士山噴火を想定した対策協議会は
すでに各自治体が参加して活動しています。
単なるトンでも説ではないと言うことも
理解しておきましょう。