最近、お世話になったある人とお別れをしました。


そのことに対する気持ちについて少し・・・。


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「感謝する理由が見つからなければ、ダメな所は自分にある」


という言葉を聞いたことがあります。


このお世話になった人とは、色々と揉め事があったりして、なかなかスッキリした気持ちでのお別れではありませんでした。


この人との付き合いがあった当時は、嫌なことをされたり、裏切られたこともありました。


なんでこんなヒドいことをこの人は平気でするんだろうか?


自分としては、ありえない考えをもっている人だったので、理解できない部分も多くありました。


でも、今から思うと、出会いからお別れまでの短い間、自分の心の中では支えとなってくれた大事な人の1人だったことに気付きます。


そして、お別れまでに至った自分の行動を振り返ってみると、反省するところが多くあったことに気付き、とても考えさせられました。


この人が居たお陰で、自分もまた人間的に成長できた所や、今まで気付かなかったことに気付けた点が、多くあります。


お別れの当初は、モンモンとした気持ち、イライラとした気持ちが、大きかったのですが、今はただ「元気に楽しく過ごしていてほしい」という気持ちです。


当時は、この人に多くを求めていましたが、今は健康に笑って過ごしていてくれるのを祈るだけです。


もう会うことはナカナカ難しいでしょうが、次会えたなら「元気だった?(^ヮ^)」と笑顔が声を掛けたいと思います。

~同志~


というのは、中々めぐり合うことは今までなかった。


今、自分が目指しているもの、それに向かう自分の思考、それに共感してくれる人々。


今まで、自分の同志と言える人は・・・


ワシの場合・・・、5人


そのうち、同い年が2人


この出会いに感謝、そして、これから出会う他の同志にも感謝



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久しぶりに、同い年の同志と電話で話をしました。


なんというか、同じ志を持つものは、友達という感覚よりも、仲間という感覚の方がワシの場合は強い


仲間との会話は弾む、良く弾む


たわいのないことでも、ドンドン自分たちの目標への関連性を見出して、次々へと話を展開していく。


こんな感じで、たった一つの用件。5分ほどで済むようなもので電話を掛けたのだが


あっという間に2時間も経ってしまった


ワシの場合、女性相手でないのにこの時間は異例だ(笑)


そんな存在はとても大事だな、と・・・・


おそらく彼らは、どれだけの間会わなくても、再開した瞬間にお互いを理解しあい、またいつものように笑える仲間なんだろうと思う


大事。

もはや、常識・・・、というか、何処に行っても聞きますよね、この話。


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失敗は、自分が失敗だと思わなければ失敗ではない。


何か不都合な事が起きたとしても、そこから何かを学んだりすれば、その失敗は失敗ではなく、成功の種、むしろ、隠された宝、となるわけ。


だから、嫌なことや、都合の悪いことがあったとしても、そこに隠れた光を見つけ出そう☆




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久しぶりに、・・・・担当生徒が1人辞めました・・・・。


・・・・・ヘコむ・・・・・orz・・・・・(もちろん多くのことを学んだよ)

周りに出したものは返ってくる



早いスピードで投げた玉は、壁に当たって、早いスピードで返ってくる


遅いスピードで投げた玉は、壁に当たって、遅いスピードで返ってくる



その世の中も、同じ様になってると思う。



周りに良いことをすれば、良いことが返ってくる


周りに悪いことをすれば、悪いことが返ってくる




今度募金してきます(*´ω`*)

思い通りにならないものって色々あるね


でも、それって全部自分の幸せに繋がってるんやわ


その失敗や挫折があったからこそ起こる出来事とかあったりして


それが自分の人生を変えたりするかも知れない


もしくは、


その思い通りにならないもの、ってのが実はまだ終わってなくて


中間ポイントにしかすぎない場合もある


これに関しては、自分が終わったと思った時、初めて終わりになる


自分が失敗だと思った時、初めて失敗となる


諦めない限りは、必ず自分の手に入れることができる


そのためには、犠牲や、我慢しなくてはならないこと、乗り越えなければならない壁、も多くあるだろう


しかし、その目標が、どうしても手に入れたい!、と願うもの、価値あるものなら


どんなことでも胸を張って前に進んでいく・・・・、それがベストだと思う。


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色々な壁に当たる時、相談や愚痴ってものが付きものやね


その、相談と愚痴について自分の考えを書かせていただきまする

基本的に、相談や愚痴はあまりしない方だと自分では思っている。


・・・・・いや、振り返ると良く分からないけど(汗)


大抵のことは、自分の胸に手をおいて、ふかーく考えてみると、答えば自分が持ってるものなのである。


これは俺だけじゃなくて、どの人にでも当てはまることだと思う


この時、自分の心の声が聞こえない人は、尚更自分に問いかける必要があるね


こんな時こそ、自分の心の声をしっかりと聞くべき時なんやわ


嫌なことがあった時とかってのは、大抵その後ろに大きな光が隠れてるもんや



相談する時、俺のイメージでは、なんでも身近な人にする、って感じがする


俺が相談する時、ってのは、具体的な回答がほしい時


だから、仕事で悩んでて、友達に相談する、ってことはまずない

だって、友達が俺の仕事のことわかるわけないじゃん?


だったら、迷わず上司や、同じ職種で自分より上手くやってる人に聞く


これは基本やね


「お金持ちになりたーい」、って、貧乏なやつに相談する人はまずいない


それだったら、ダメ元で一流会社の社長に電話をかけるよ



身近な人に相談する時ってのは、それ愚痴になる


自分の不満や鬱憤を晴らしたいのだ


しかし、それも自分はあまりしない


だって、仕事の不満や、自分の気に食わないことを、人に話したところで解決することはありえないんやもん


俺が愚痴る時ってのは、”気づき”がほしい時


自分が人に愚痴を言う時、自分がしゃべってることって、相手の耳だけじゃなくて、自分の耳にも入ってくる


その”自分の耳”に入ってくる”自分の言ってること”を聞いて、新たな発見をするのだ


自分の頭の中で考えていることを、あえて口にすることで、気持ちの整理ができるのだ


”○○○なんだよー”って言った瞬間に、”あれ?俺って○○○って思ってるけど・・・それでいいの?”って更に深く考えるわけ


ここに何か”引っかかるもの”がある時は、自分の口で言ったことが、本当に望んでいることではない、と気づけるのだ


てな、感じで、人を使って自問自答するわけよ



だから、俺の場合、愚痴はただ単に聞いてくれるだけでもOKなわけだ


ちなみに自分の愚痴を言うときは、相手の話をたっぷり聞いた後にするようにしてます。




今日はこんな感じ。


(指摘がありましたので、少し編集しました。ありがとうございます)