最近のヨンは何かが変だとウンスは訝っている。
同じ職場ではあるが研究するものが違う為、相手の同行については互いの会話で知るくらいで詳しく把握しているわけではないし、自宅は同じ敷地内にあるのだから、特別待ち合わせすることもなく家で相手の帰りを待つことになる。
一人で仕事をしている訳でもないので、毎回定時上がりになるとは限らないのだが、ここ何日もヨンの帰りが遅いのが少し気になっていた。
「お帰りヨン。今日も遅かったね?」
「そうでしたか?時間が過ぎるのをつい忘れてしまって・・・・寂しかったですか?」
なんて言われながら抱きしめられると、帰宅時間なんてどうでもよくなってしまうのは惚れた弱みとでも言うのだろうか。
今日もいつもと変わらず抱きしめられて・・・・ふとあることに気が付き胸から顔を上げヨンをじっと見た。
「いかがした?そんな顔をして」
「今日はどこに行ってきたの?いつもと香りが違う!それとも誰かと一緒だったの?」
「特別なことはありませんでしたが・・・服も朝のままですし・・・トルベさんの香水でも移ったかな?あの人、結構こだわっているようだし」
ヨンは自分の腕の匂いを嗅ぐ仕草をしながらシャワーをしに浴室に行ってしまったが、どうもウンスは腑に落ちない感じで首をかしげていた。
翌日は、指先の小さな切り傷が目についた。
稽古で作ったのだろうか。それとも軽作業で?
真新しいソレが痛々しそうでついヨンの腕をとる。
「痛そう・・・何で切ったの?それも一つじゃないじゃない」
「こんな切り傷、何でもありませんよ。それこそあちらではこれくらいの物は日常茶飯事ですから」
そう言ってのけるが、ウンスは棚から薬を出して丁寧に塗り込んでいった。ヨンも、どこかそれが嬉しそうな顔をして、黙ったままウンスにされるがままにした。
そんな日が何日が過ぎたある日の事。「ウンス、明日、少し出かけませんか?」とヨンからの誘いがあった。
今までのデートと言えば、二人で会話しながらあそこに行こうとなることが多く、今回の様に不意打ちのような誘い方は初めてだったかもしれない。
少し戸惑いもあったウンスではあったが、すれ違い気味だった最近を思うと嬉しくもあったので、素直に「行くわ」と頷いた。
いつもと変わらず一つのベッドに入り、抱きしめられながら寝る。
ヨンの胸に顔を埋め呼吸をすれば、彼独自の香りとボディーソープの香りのミックスがいつもと同じで安心する。
少しだけ顔を傾けて耳を押し当てると聞こえてくる力強い鼓動に心が安らぐ。
いつもと変わらない些細なことが、こんなにも愛おしく感じるなんて・・・・
「ずっと私から離れないで・・・・」とつぶやき、ウンスも目を閉じた。
翌日は良いお天気だった。
計画を聞いていないので、今日の服はどうしたらいいのか分からない。
「ヨン、今日はどんな格好すればいい?スニーカー系?それともハイヒール?」
最近ではすっかりそんな言葉使いでもシチュエーションを理解してくれるから、つい彼が武士だってことを忘れてしまう。それがいい事なのか悪いのかは、一旦横に置いておこう。
それよりも見て、ヨンの恰好。
細身のジーンズにざっくりとした黒のニット。シンプルなのに、見惚れるくらい恰好良いんだから。町に出た日にはあちこちから熱い視線が向けられて、思わずキャップで顔を隠してやりたくなるの。わかる?
「ウンスは何でも似合うけどな。・・・そうだな、今日は少しおしゃれで行ってみようか」
「オッケー」
「少し」ってところがポイントね。気張りすぎず、でもちょっとおしゃれにとコーデしよう。
ダイヤ柄のアイレット編みが気に入ってる白のニットに、ダスティーピンクのフレアスカート。寒さ対策も兼ねて黒のブーツをチョイスしてみたら、ヨンが「似合ってる」って肩を抱き寄せてくれた。嬉しい。
ヨンの運転で移動する道は、町ではなく施設の裏山の方角だった。
「どこに行くの?こんなところに何かあったっけ?」
「ありますよ。特別な所が」
昨夜、誘われた時からヨンは多分、何かを企んでいるような気がしてた。でもそれが何なのかまでは、全く見当もつかない。
ただ、おしゃれをしての特別な場所・・・と言われれば、まあ悪い事ではないのだろうと期待しつつ、あてが外れた時の落胆を最小限にする為にウンスは考えることを止めて外の風景を楽しんだ。
暫くして大きな門前で車は止まった。
門の先に特別な施設や人影は見当たらず、その門すらも閉められているのにどうするのだろう。
「ここ?」
ヨンはウンスの問いに頷くと、ポケットから大きな鍵を出し開門した。
「ねえ、これって天門だったりするの?」
少し興奮気味にウンスがヨンに迫る。
「ははは、そうだとしたらみんな大騒ぎだ。勿論、その時はちゃんと事前にウンスにはお知らせします。が、ここはちょっと違う・・・」
そういいながらヨンはウンスの腰に手を廻し歩き出した。
一見、何もないような落ち葉広がる茶色い小道が続く中、雑木林の中を覗くと小さなヒナスミレが顔を出している。
「可愛らしいお出迎えね?」
嬉しそうに微笑むウンスに釣られる様に、ヨンも柔らかく微笑んだ。
白や黄色、ピンクや紫と、名もしれぬ野草たちが可愛らしく風に揺れながら二人の訪問を喜んでいるようだ。
「うわ・・・・」
暫く歩いた先に広がっていたのは、色とりどりの薔薇の園。
「ウンスとこうして同じ景色を見ることが出来るのが、とても嬉しいです」
「うん・・・私も嬉しい」
「今日だけでなく、明日もその先も・・・・ずっとウンスと同じ景色を見てゆきたい」
「ヨン、それって・・・・・」
そこでヨンが片手に鋏を持ってグリーンの薔薇の花を摘み棘を落としてからウンスに渡す。
「花言葉は『新たな気持ち』『希望を持ち得る』『穏やか』天界に開いた門が閉じ途方に暮れてしまいそうな私に、あなたは手を差し伸べてくださった。
希望を捨てることなく気持ちを新たに持ち直し、穏やかに過ごすことが出来たのはあなたのお陰」
また歩き、次の花に手を伸ばすヨンの後ろをウンスは黙ったままついてゆく。渡されたのはオレンジの薔薇。
「何もかもが新しい経験で、驚きもあり楽しくもあった。あなたとの間に少しずつ『信頼』と『絆』が生まれた。日々『健やかに』『幸多かれ』と願うと共に、あなたの傍を独占したいという気持ちも芽生えたんだ」
黄色の薔薇をまたひとつ・・・・
「天門が開かぬ焦りとは裏腹に、あなたとの暮らしは『平和』そのもので、戦国時代を駆け抜けていた己を忘れそうな程でした。時折顔を見せるチャンウクに『友情』と『嫉妬』の両方を持ち、ウンスに近づけなくすることに必死になりました」
なんとなくヨンの意図を察したウンスは、次は何色の薔薇に花言葉を乗せてくれるのだろうかと、ワクワクしながらヨンの行く先を見守っていた。
紫の薔薇
「活発なあなたに『上品』とか『気品』という言葉はピンとこないけれど、何事にも真摯に向き合い全力投球できる姿は『尊敬』できるし『高貴』にも見えます。私はあなたの事を心から『誇り』に思う」
ピンクの薔薇
「ウンスは『温かい心』持つ人だ。そして私を『幸福』してくれる。そして私もあなたを幸せにしたい。あなたは私にとって『可愛らしい人』だ」
赤と白の薔薇を合わせて差し出す。
「私はあなたを『愛しています』ここに『心からの尊敬』と『永遠の愛』を誓いその『約束を守る』から、どうか私と結婚してください」
紅白の薔薇を握りしめたまま、頭を下げているヨンから薔薇を受け取るが、ウンスは何も言わない。
「ウンス・・・」
いいかけたヨンに向かい、ウンスはニッコリと笑いかけた。
「ヨン、鋏貸して?」
ヨンは黙って鋏を渡す。
「ちょっとの間、後ろを向いてここを動かないで。絶対に私が戻るまで、動いちゃだめよ?」
お預けを食らった犬の様にシュンッとした雰囲気のヨンは、ウンスが小さく笑ったことには気が付かない。
「すぐ戻るから、ちょっとだけ待っててね」
「そのままいなくなったりはせぬか?」
どこまでも頼りなさげなヨンを少し気の毒には思ったが、ウンスもヨンの一大プロポーズに真摯にこたえたいと思う気持ちが沸いていたのだ。
「絶対に戻るから心配しないで待ってて。直ぐよ。直ぐ戻るから」
そう言って小走りに走り去ってゆく。
広い薔薇園で、一体ウンスは何をしようとしているのだろうか・・・・・
1分が10分に。5分が1時間にも感じるほど、ウンスが戻るのが待ち遠しい。考え抜いた告白は失敗だったのか?と何事にも冷静沈着な武将も気弱になりかけた時、息を切らせながら愛おしい人の走り寄ってくる息遣いが聞こえてきて顔がほころんだ。
「お待たせしました。チェ・ヨンさん。こちらを向いてくださるかしら?」
ウンスの手には、先ほど自分が渡した薔薇が花束を抱えるような感じになており、何をしてきたのか直ぐには分からなかった。
「ヨン、あなたと添い遂げるって『不可能』なのかと悩んだ時期もあったけど、『奇跡』は起きてくれたわ。ありがとう。私の『夢は叶う』ったの」
と言いながら、美しくも珍しい青い薔薇を差し出し、ヨンはそのままそれを受け取る。
「さあ、これも受け取って」
と言ってベージュの薔薇をまた渡す。
「『成熟した愛』となるその日まで、ずっとあなたの傍に居たいです。そして、今私がヨンに渡した2本と私がもらった7本合わせて9本の薔薇は『いつもあなたを思っています』『いつまでも一緒にいてください』なのよ。それが私の答えです」
ヨンのプロポーズは成功ってことで良いかしら?
ウンスも知っていたのね?薔薇の花言葉。
色とりどりの花園で、今日の日にぴったりの色が見つかったようでよかったわ~
昨日までは春の陽気で、久しぶりにアイスコーヒーを飲んだら美味しかったです。
なのに、今日は気温が急降下。通常の気温に逆戻り。
開きかけた蕾も縮こまってしまうのではないでしょうか。
三寒四温を繰り返し、少しづつ春に近づいていく・・・・
でも、実際のこの言葉は朝鮮・中国の天気俚諺に由来するそうで、晩秋から冬にかけて起こる現象だそうです。
しかし、日本でこのような気象になるのは冬よりも春が多く、この頃に使われる様になったとか。
同じ言葉でも使う季節が異なるというのも面白いものですね。
これの類語として上がるのが「一陽来復」
そもそもは冬至を表す言葉です。冬が終わり春が来ること。又は、悪いことが続いた後に幸福開かれるという事。
どうぞ皆様にも、春のような幸せが訪れますように♡