「若しゃま~~~~開けて~~~~~」

 

「お嬢様、今日からご自分の御部屋でお休みになる約束でございましょ?さあ、ヨンオクがお供しますからあちらに参りましょ」

 

「い~~や~~~~。何でダメなの?・・・・・ふぇ・・・・・・若しゃま、ウンシュ嫌いになったの?」

 

「まあ、お嬢様。そんなことございませんよ。先ほどだって仲良く夕餉を召し上がったではありませんか。お嬢様はもう大きくなられたのです。そろそろ殿方とは寝所を別になさらないといけないのですよ」

 

「ウンシュ、大きくならなくていい・・・・・・若しゃまと一緒がいいの~~~~~」

 

泣き出すウンスを宥め賺しながら、ヨンオクが連れていくのが扉越しに伝わってきた。

 

ごめんよウンス・・・・・僕も寂しいよ・・・

 

ヨンもまた、膝を抱え込みながらしゃがみ込んで小さく丸まっている肩は震えていた・・・・・・

 

それは今朝方の出来事で、今もその時の父の言葉が何度も木霊する。

 

”今宵より、ウンスと寝所を別にすること”

 

父からの突然の提案にヨンは愕然とした。

 

「何故です、父上。何か僕、粗相をしましたか?」 

 

慌てるヨンに、父は穏やかに首を振る。

 

「いや、そのような事ではないよ。ウンスがこの屋敷に来てもうどのくらいになったかな?初めこそ不安気にしていたウンスも、ヨンのお陰ですっかり我が家の娘の様に馴染んでおる。それに、お前たちがとても仲が良いということもわかっておる。しかしだ、お前たちは男と女なのだよ。まだウンスは幼いが、そろそろこの先を考えておかねばならぬ時期が来たという事だ。丁度、お前も本格的に書院での学びに入り、四六時中ウンスと共に過ごすことが無くなった。互いに大人になる為の準備を始めるのに良い頃合いだと思ったからだ」

 

「大人ですか・・・・・・これからもずっと僕はウンスと一緒にいられますか?」

 

「それはいろんな意味があるよ、ヨン。兄妹と云うものなら我らは既に家族だ。その絆が切れることはない。ただ、そうではなくもう一つの家族を作りたいと願うという事なのかな?どちらの選択にせよ、それは互いの気持ちが揃わねば成り立たないことなんだ。そして、その思いを貫く為には心身共に大人にならなくてはならぬ。これから沢山の時間をかけて色々学び、経験し、それから初めて結果が見えてくる事なんだよ。・・・・・今日の約束はその始まりの一歩を踏み出したという事だ。共寝が出来ぬというだけで、他は今までと何も変わらない。もしウンスに悲しい思いをさせると思うのなら、その分昼間、存分に可愛がってあげなさい」

 

そう言ってヨンの頭を撫でる父の手は優しかった。

 

 

しばらく耳を澄ませていると、ウンスの声は聞こえなくなった。

そっと扉を開け、廊下の様子を見ていると、向こうからヨンオクが歩いてきた。

 

「ヨンオク、ウンスはどう?寝た?」

 

「若様・・・・多分、まだ寝付いてはおられないご様子ですが、おとなしく褥には入られました。どうかこのまま、若さまもお休みくださいませ。今日は突然の事でしたから、動揺されているのでしょう。それもそのうちに慣れるものですよ」

 

そう言って過ぎ去っていくのを見送った後、そっとヨンは部屋を出てウンスの部屋の前で佇んだ。

 

耳を澄ませてみると、奥からすすり泣く声が聞こえる。

 

「ウンス、泣いてるの?怖くないよ。僕、ここに居てあげるから」

 

「若しゃま?」

 

寝台から飛び起きて、たたっと走り出す音が聞こえる。でも、廊下を挟む扉を開けることができない。

 

ガタガタガタ・・・・・

 

「若しゃま、開けて~~~~ウンシュ、一緒に寝るの~~~」

 

「ウンス、よくお聞き。僕もね、ウンスのこと大好きだよ。でも、これからもず~~~~っと一緒にいる為には、今日から一緒に寝ることができないんだ」

 

「何で??一緒に寝るとウンシュ、ここに居られなくなっちゃうの?」

 

「そうだよ。僕はね、これからもずっとウンスと一緒にいたい。大きくなってもずっと・・・ずっと一緒に居たいんだ。だから夜だけ我慢しよう?明日の朝になったら、必ず僕が迎えに来るよ。だからちょっとだけ我慢しようね。ウンスが寝るまで僕がここに居てあげるから、だから怖くないよ。寝ちゃえば朝なんてすぐだ。だから早くお眠り・・・・」

 

「ねえ、そこにいる?」

 

「うん、ここに居るよ・・・・・」

 

 

 

 

 

「では、今日はこの辺で・・・・・」

 

師の言葉と同時に、隣の席に座っていたアンジェが後ろを振り向き話始めた。

 

「なあ、判事の娘のイネ、可愛いよな~俺、この間店で偶然となりに並んでさ~」

 

「えええ!で?話したか?」

 

「いや、それは無理だった。でも、次に会ったら絶対に話かけるんだ!」

 

「お~~。頑張れよ!その時は又、話を聞かせてくれよな」

 

「ああ。任せとけ」

 

「なあ、それよりも大司憲のところのソンニョもいいぞ・・・・・」

 

 

最近、ヨンの仲間たちは異性に興味を持ち始めるお年頃。

書院での習い事が済むのを待ち構えるようにして、誰からということも無く、何処の誰が可愛いとか、好きだとか・・・・話し出すと止まらない。

ヨンが寝室をウンスと別にするようになって、数年が過ぎた頃のお話。

 

ヨンは隣で盛り上がる友たちの会話に耳を傾けながらも、特別興味も持たずに後かたずけをしていた。

 

「おいヨン、お前は誰かいないのか?」

 

「なんだよ?いなくちゃいけないのか?特別不自由はしていない」

 

「まあな~ヨンはお子ちゃまだからな。まだ、女を好きになるのは早いんだよ・・・な~?」

 

「バカにするな!お前たちと何も変わらないよ。おれだって・・・・・・」

 

「お?誰かいるのか?言ってみろよ~~~ヨン」

 

仲間たちがヨンを突つく。

 

「あ・・・・なあ、向こうから歩いてくるの、ウンスじゃないか?・・・・久しぶりに見たけど、可愛らしさに磨きがかかったんじゃないか?」

 

その声に、周りの男たちも『どれどれ』と身を乗り出してみる始末。

 

遠めに見てもわかる輝く白い肌。揺れる赤い髪。跳ねるように歩く賑やかな足取り。

 

男たちのウンスを見る目に、ヨンは何故かイライラした。

 

・・・・なんだよ。そんな目でウンスを見るなよ・・・・・・

 

「ヨ~ン。迎えに来たよ~~~~」

 

いつの間にか外の曇り空は雨を降らせていた。

其れのせいなのか、いつもならもっと屋敷に近い場所でヨンを待つウンスが、わざわざヨンの為に傘を持って書院まで迎えに来たのだ。

 

「なんだ・・・・・ヨンを迎えに来たのか。そうか~うんうん。ヨンにはウンスがいるもんな。他の女は目に入らないか~」

 

仲間が茶化す中、すかさずアンジェはウンスの側に駆け寄り、話しかける。

 

「ウンス、久しぶりだな。なんだ?ヨンを迎えに来たのか?」

 

「はい。アンジェさま。ヨンを迎えにきました。ほら・・・・雨が降ってきちゃったから」

 

少しはにかみながら語るウンスは、今まさに羽化しようとする蝶々のようで、なんともそのアンバランスさが初恋に目覚め始めるお年頃の男たちの心をくすぐる。

 

揶揄する仲間の声になのか、それともウンスを見る眼差しになのか、ヨンはついムキになり、心にもない言葉が飛び出した。

 

「なんだよ、それ。ウンスなんかなんとも思ってない。あんなへちゃむくれ。そんなに気に入ったのなら、お前らが一緒に帰ればいいじゃないか」

 

「なんだよ、そんないい方をしなくてもいいじゃないか。俺たちにまで隠さなくっても心ん中丸見えだって。ウンスの事が好きなくせに・・・・・それとも本当にただの妹としか思ってないのか?もしそれが本心なら俺、本気出しちゃうぞ・・・・・」

 

アンジェの挑発に益々後に引けなくなったヨンは、ムスっとしたしかめっ面のままウンスの横をすり抜けた。

 

「ヨン!傘、傘さして~~何で無視するの?ヨン、濡れるってば~~~~」

 

ウンスが差し出す傘を押しやりそっぽうを向く。

 

「いらない。お前一人で帰れ。俺は先に行く」

 

そう言って走り出した。

 

「ヨン・・・・・・」

 

泣きそうな顔をするウンスの頭をアンジェが撫ぜた。

 

「大丈夫だよ。ちょっと兄さんたちがヨンのことをからかい過ぎたんだ。ごめんよウンス。さあ、おかえり。送ろうか?」

 

ウンスは首を横に振り、ちょこんと頭を下げた。

 

「ありがと、アンジェさま。私なら大丈夫。あ・・・傘、一つ余っちゃった・・・・・良かったらこれ、どうぞ。じゃあ、またね~~~」

 

そう手を振って、ウンスも走り出した。

 

 

 

 

屋敷では大騒ぎ。ずぶぬれで帰ってきたヨンを迎えたヨンオクが走ってきた。

 

「まあまあ、若さま、お嬢様とはお会いにならなかったんですか?」

 

「会った・・・・・・え?ウンス、まだ帰ってないの?」

 

あれから少し離れたところで雨宿りをしながら時間を潰した。自分が情けなくなり帰ってきたのだが、まさかまだウンスが帰ってきていないなんて・・・・・

 

「・・・・!若様はお着換えをなさっててくださいね。私、ちょっと様子を見てきますから」

 

そこでヨンは初めて自分のしてしまったことに罪悪感を感じた。

 

何もウンスは悪いことをしていないのに、置いてきてしまった。それも酷く傷つけた自覚がある。

どうしよう・・・・・こんな雨の中・・・・・・僕も!

 

濡れた衣もそのままに、走り出そうとするヨンをヨンオクは押しとどめた。

 

「若様はきちんとご自分の身なりをお整えなさい。お嬢様は、ヨンオクが必ずお連れしますから。何があったかは聞きません。ちゃんとお嬢様がおかえりになりましたら、お話をなさいませ」

 

何も言い返せないまま、着替えを済ませ、じっと廊下でどのくらいの時間を待ち続けただろう。

足音を聞くたびに、ウンスか?と腰を上げ、違うとわかるとドスンと腰を落とした。

 

日も暮れようとする頃、ざわざわ庭先が騒がしくなり、駆けだすとヨンオクに支えられるようにして立つウンスが見えた。

 

「ウンス!」

 

駆け寄るヨンを、ちらっと見ただけで、ウンスは横を通り抜けた。

傘を持っていたはずのウンスはずぶぬれ。髪まで雫が滴り、冷え切った体は小刻みに震えているようだった。

 

「若様、お話はもう少しお待ちくださいね。さあ、お嬢様、お部屋に参りましょう」

 

その後、ウンスは夕餉の卓に付くことも無く、部屋に閉じこもってしまったので、未だ顔を見ることも話しをすることも出来ていない。

ヨンオクまで給仕を他の者に任せ、何やら動き回っている。

身の置き所の無いヨンは、動き回るヨンオクをやっとのことで引き留めウンスの様子を聞いた。

 

「お嬢様は雨に打たれたせいで熱をお出しです。今、丁度薬湯を煎じたところで・・・・」

 

「それ、僕が持っていくよ。ウンスに謝らなくちゃいけないし・・・・」

 

「・・・・・・・無理はさせないでくださいましね。では・・・・お願いしましょうか」

 

そう言ってヨンオクは薬湯を手渡した。

 

 

久しぶりに入る、ウンスの部屋。

部屋いっぱいにウンスの甘い香りに包まれて、胸がきゅんと痛くなった。

ゆっくりと奥の寝台に近づくと、熱が上がっているのだろうか、少し苦しそうにしている息遣いが聞こえてくる。

 

「ウンス?お薬持ってきたよ。飲める?」

 

ヨンの呼びかけにうっすらと目を開けるが、その瞳は辺りを彷徨う。

 

「若しゃま・・・・・・ウンスの事、嫌いになっちゃった?」

 

消える様な小さな声でいうウンスの目から、涙がこぼれる。

薬湯をそばの台に乗せると、ウンスの側にしゃがみ込んで顔を近づけ涙を掬った。

 

「ごめん、ウンス。嫌いになんか、なるわけないじゃないか。あの時・・・・・皆にからかわれて、ちょっと恥ずかしかったんだ。それに、皆がウンスのこと可愛いって・・・・言うから、何だか取られちゃうみたいで悔しくて・・・・・本当にごめん」

 

うなだれるヨンにウンスの手が伸びる。ヨンの頬に流れる涙を体温の高い掌が触れる。

 

「若しゃま、泣かないで・・・・・ウンスの事・・・・しゅき?」

 

「ああ、大好きだよウンス。他の誰にも渡したくないくらいに・・・・・なあ、僕の事、許してくれる?」

 

「どうしようかな・・・・・・・アンジェしゃまの方が優しいかも?」

 

「っ!駄目だ!絶対ダメ。ウンスは僕のお嫁さんにするんだから!」

 

熱に浮かされ夢の狭間。赤ちゃん言葉の舌っ足らずのウンスが、突如現実に引き戻された。

 

「お嫁さん?・・・・・・私、ヨンのお嫁さんにしてくれるの?」

 

虚ろな目がしっかりと力を持って、ヨンを見つめ返しながら確かめてくる。

 

「うん。ず~~~とまだまだ先の事だけど、僕はウンスをお嫁さんにするって決めてるんだ。・・・・ねえ、その時はなってくれる?」

 

「・・・・・・・うん。・・・・・なる・・・・・・」

 

ウンスの顔が赤いのは、照れているのか熱のせいなのか?

頭から湯気でも出そうなくらい真っ赤になってから布団に潜り込んでしまった。

 

かわいいウンス。僕だけのウンス。

絶対に僕のお嫁さんになってね。

 

「さあ、薬を飲んで。早く元気になって欲しいから・・・・・」

 

「いや・・・・お薬、苦いんだもん」

 

眉間にしわを寄せ、そっぽうを向いてしまった。

 

ヨンはウンスの脇に座り、薬湯の入った器を片手に持つと、もう一度耳元で

 

「ほら、薬の時間だよ。口、開けて」

 

と言ってみるが、ウンスは言うことを聞かない。

 

「・・・・・しょうがないな~~」

 

・・・・・・・ちゅっ     //////

 

「っつ、ヨ?・・・・・ヨン!/////」

 

いきな頬に柔らかいヨンの口づけを感じ、驚いて名を叫んだウンスの口に、すかさず薬の器があてがわれ注ぎこまれた。

 

「うっ・・・ムグ・・・・・ゴクッ・・・・・・」

 

ごほっ・・・・・ごほっ・・・・・

 

「酷い~~~~こんなことして!・・・苦~~~~~」

 

「あはは。でも、ちゃんと薬、飲めただろ?また、次の薬もこうしようか?」

 

「いや・・・・いいです/////」

 

そう言って再び布団を口元まで引き上げ、真っ赤になった。

 

「さあ、寝て。今夜はずっと側に居るよ。お休み、ウンス」

 

その晩、ヨンはずっとウンスの手を握りしめ、寝台の側で座りながら寝た。

 

久しぶりに、触れあいながら寝た二人。

どんな夢を見たのかな??

 

 

 

 

かわいい頃の二人をずっと続けるのも良かったのですが、少しだけ駒を進めてみました。

幼少期から青春期への入り口に入った二人です。

 

ちょっと異性が気になり始めるお年頃。それにちょっと素直じゃなくなるころでもあるかしら?

反抗期?

でもね、そうは言ってもヨンはウンスとの将来を、なんとなく夢に描いてもいるようで(* ̄▽ ̄)フフフッ♪

 

如何でしたでしょうね?

幼児から子供に・・・そして思春期に。

少しづつ、成長させてみようと思います。

 

本当はあと2話でこの時のお話は終了です。

残り2話はもう少し成長した二人になっていくのですが、その間を埋める話として以前、番外編として七夕に出していました。

流れが丁度この間に入るものでしたので、お邪魔させていただきます。

ということで、プラス3話増えます・・・・・スミマセン(;^ω^)