「お嬢様、ちょっとだけお待ち下さいね」

 

そう言って、ヨンオクは店の中に入り店主と何やら話を始めた。

残されたウンスは何を見るでもなく、市井の町並みをキョロキョロと見回していると、あちらこちらから窺うような視線を感じた。

でも、それはウンスにとっては日常であり、慣れっこだ。

 

ウンスの容姿はどうしても人目を引く。

真っ白な肌。

くりっとした愛嬌のある大きな目。

そして赤い髪・・・・・・

 

きっと年頃になれば美しく花開く事だろうと、幼子であるのに既にその片鱗を垣間見せるその雰囲気に、想像を馳せる者は多い。

だがその一方で、やはりその見慣れぬ赤い髪は、僻み心も相まって影口の対象となることも少なくはなかった。

 

今日も誰彼となく、ひそひそ話す声が聞こえてくる。

 

ねえ、あの髪見た?

きっと鬼の子だよ

おお、怖い。妖魔の類じゃないだろうね

あんな子が、崔家の敷居をまたいでいるなんて・・・・・

何をお考えなのか。本当のお子様ではないのだろう?

同じ頃の若さまもおられるというのに・・・・・心配にならぬのか?

ほらほら、あんまり見るんじゃないよ。子供だからといって気を抜くと何がおこるやら。

祟られでもしたら大変だ・・・・・くわばら・・・くわばら・・・・

 

言葉の意味はよく分からない。

それでも、棘のある口調と蔑む視線。そして必ず耳にする「赤い髪」はいつもウンスの心をチクチクと刺すものだった。

今日もウンスは黙って知らぬふりをしながら、その小さな手はグッと強く握られていた・・・・・

 

「お待たせしました。・・・・・お嬢様?どうかされましたか?」

 

「ううん、なんでもない。あっち行こう~ヨンオク」

 

いつもと変わらぬ笑顔を向けてヨンオクの手を掴み歩き出すウンスに、少しだけ悲しそうな顔をした後、周りに少しキツ目の視線を投げたヨンオクは、小さな手をギュッと握りしめてウンスに微笑み返した。

 

「お嬢様、ヨンオクの用は済みました。お付き合いしてくださってありがとうございます。さあ、今度はお嬢様の番ですよ。お饅頭でも召し上がりますか?」

 

「お饅頭~~~食べる~ホカホカのふかふか~~~~いつものおじちゃんのところね?・・・・あっ、おじちゃ~~~ん。お饅頭頂戴」

 

「ウンスお嬢様、よく来たね~。よ~し美味しいところをあげようかね。丁度蒸けたところだったよ。さあ、ゆっくり召し上がれ。火傷に気を付けるんだよ」

 

「ありがと、おじちゃん。ヨンオク~~~一緒にたべよ」

 

店主とはしゃぐウンスの可愛い笑顔は、周りにいる者たちの顔を綻ばせる。

そして気さくに声をかけるものも出てくる。

 

少しづつウンスの周りに人が集まり、賑やかな声が広がってゆくそんなやりとりを見て、ほっと溜息をつくヨンオクだった。

 

 

ヨンオクも市井で囁かれる噂話には気が付いていた。

 

「旦那様、市井でのお嬢様の噂話をご存知ですか?もう、私腹が立って・・・・あんなに可愛いいお嬢様の事をひどく言うものがいるなんて許せません」

 

「ああ、私の耳にも聞こえてくるよ。それこそ宮中内ではわざわざ進言してくる者までおるしな。しかし、そのままにしておきなさい。噂など勝手なものだ。もみ消し歩き回っても、きりがない。ムキになる程に面白がり尾ひれがつくものだよ。それよりも、そんなことでウンスを屋敷に閉じ込めることが無いようにしておくれ。籠の鳥ではないのだから。本当のあの子に触れ合えば、そのような噂が絵空事であることを身をもって知ることとなるであろう。あの天真爛漫な笑顔、優しい心はいずれ市井の者たちを包み込む存在になると思っておる。現に、そういう者は日増しに多くなっているだろう?しかし、そうは言ってもまだウンスは幼い。そして、人の心に敏感だ。心無い言葉で傷つかぬよう、気を付けて見守ってやってはくれぬか?」

 

「かしこまりました、旦那様。心して見守らせていただきます」・・・・・・

 

 

そんな会話がなされた事をヨンオクは思い出しながら、美味しそうな顔で饅頭を頬張るウンスを見つめた。

旦那様が言った通り、この市井を中心に口汚い言葉をウンスに浴びせる者は少なくなってきたようである。

中には、そうした言葉を吐く者に対して、諫めてくれる人もいる。

 

どうか、お嬢様が気に病むことも無く自由に外を出歩ける日が来ますように・・・・・・

 

饅頭を食べ終わったウンスの口元をヨンオクが拭っていると、道の向こうからヨンが歩いてくるのが見えた。

丁度、書院が終わり帰ってくる途中のようだ。

 

「あ~~~~若しゃま。きた~~~~~。おかえりなしゃ~い。ヨンオク、若しゃまといっしょ、いい?」

 

そう言って、ヨンオクの返事も聞かずにウンスは走り出した。

 

 

 

手を繋ぎ、とぼとぼ歩く夕暮れ時。

二人の目には、鮮やかな夕焼け空が広がっていた。

 

「若しゃま、お空、きれ~ね~」

 

「ウンスの髪の色と同じだ」

 

「ううん、ウンシュの頭、あんな色してない!ウンシュ、この髪嫌い~~~~」

 

「何で?凄く綺麗なのに」

 

「だって・・・だって、誰も同じじゃない。ウンシュの髪、変だってみんないうもん」

 

「誰がそんなこと言ったの!僕がそいつを懲らしめてやる」

 

いつものように、口をへの字にしたままウンスは頭を横に大きく振るのを見たヨンは、少し怒った顔のままウンスの髪を大事そうに撫ぜた。

 

「僕はウンスの髪、大好きだぞ。本当にその髪の色、綺麗なんだからな」

 

「若しゃま・・・・ほんと?若しゃま・・・・・好き?・・・・・・・・・・ふぇ・・・・・・ひっく・・・・・あ~~~~~ん」

 

「泣き虫ウンス、そんな大きな口を開けて泣くと、顎が外れるぞ・・・・・・ほら、泣くのはおよし」

 

そう言って、道端に咲く黄色の小菊を摘むと、ウンスの髪にさした。

 

「ほら、こうすると凄く可愛い。ウンスの髪の色だから、誰よりもかわいく見えるんだよ?」

 

「ウンシュ、か~い~?ウンシュの髪、好き?」

 

「ああ、ウンスもその髪も大好きだ。さあ泣き虫、おぶってやるから背中に乗れ。帰るぞ」

 

ウンスに背を向けしゃがむと、ほっこりと暖かい温もりと、少しだけ重い塊が引っ付いてきた。

 

「ウンス、いつも言ってるけど、僕のいないところで一人で泣いちゃだめだよ。背中におぶわれるのも、僕の背中だけだからね。約束だよ?ウンス」

 

「うん!約束ね。若しゃまのことろだけで泣いて、おんぶも若しゃまだけにしてもらうの~~~~~ウンシュ、若しゃま大~~~好き」

 

嬉しそうに跳ねるウンスの両足に揺さぶられ、よろよろとした足元を懸命に踏ん張りながら、ヨンの顔は笑顔になる。

 

「おい、背中で暴れるな。落しちゃうぞ」

 

「あ~~い。若しゃまのお背中、あったかいね~~~~それに良い匂い。ウンシュ、この匂い大好きよ~~~」

 

ヨンの背中にぴとっと引っ付く塊から、柔らかく艶やかな赤い髪が零れ、ヨンの頬をくすぐった。

ふわりとウンスの花のような甘い香りも纏いながら・・・・・・

 

くすぐったいのは、顔に掛かるウンスの髪のせいなのか、自分に頼ってくるその温もりのせいなのかは、まだ今のヨンにはわからなかった。

 

「・・・・・・おいウンス、寝ちゃったの?・・・・・・・・・・・・お~~~いウンス・・・ウンス?」

 

耳元にこそばゆいウンスの寝息がかかる。

 

「しょうがない奴だな~。本当にいつもどこでもすぐ寝ちゃうんだから・・・それにしても・・・・・最近、食べ過ぎだぞ。重い・・・・・・・」

 

沈む夕日に照らされて、真っ赤な背景に浮かぶ、小さな影2つ。

それが、くすぐったそうに揺れていた。

 

 

 

ガタガタ・・・・・ギシギシ・・・・・・ドンドンドン!

 

「わかしゃま~~~~~あ~け~て~~。ウンシュ、きたよ~~~~」

 

閉められた扉はウンスが開けるにはまだ重く、いつも訪問時は賑やかになる。

毎晩のこの時間。扉のきしむ音を、心待ちにしているヨンがいた。

 

「来たな?ウンス。今、開けてやる」

 

扉を開けると、期待に目をキラキラさせながら大きな枕を抱きしめて、満面の笑みを浮かべるウンスが立っている。

 

「ウンス、来い!」

 

その掛け声を引き金に、二人は走ってそのまま寝台に飛び込んだ。すかさず布団をめくりあげ、潜り込むと漏れてくるのは大きな笑い声。

 

布団の中でじゃれ合って、沢山話をして、そしていつの間にか眠りにつく・・・・・

それが彼らの日常。

そっと部屋を覗き見れば、離れること等、微塵も考えられないというように、ぴたりと寄り添い眠る二人に家人たちは微笑んだ。

 

そして朝になれば・・・・・・・

 

「あああああああ、ウンス~~~~また、涎を垂らしたな。衣がびちょびちょだよ~~~」

 

「若しゃま~だめでしゅね~~~~おねしょをしたの?」

 

「違う~~~~~!そんなもので、胸元が濡れるわけないじゃないか。どうせまた、食い物の夢でも見てたんじゃないのか?」

 

「えええ!若しゃま凄い、何でわかったの?ウンシュの夢、覗いた~?」

 

「そんなこと出来るわけないじゃないか。でも、ウンスの考えてることなんか、ぜ~~~んぶわかるぞ」

 

「そうなの?若しゃま、しゅごいでしゅ」

 

至極感心したように人差し指を唇に当てながら、考えてるようなそぶりをするウンスがまた可愛くてヨンもご満悦の顔になる。

 

「若様、お嬢様、朝餉のお時間ですよ」

 

ヨンオクの掛け声に、二人顔を見合わせてにっこり。

 

「ウンス、朝餉だ。行くぞ」

 

「はい、若しゃま」

 

寝台を飛び出し、パタパタと賑やかな足音が屋敷に広がる。

 

今日も楽しい1日の始まり。

 

 

 

ドラマではウンスの髪は染められた物でしたが、こちらでは生まれつきのもの。

きっと、あの当時の人たちから見れば好奇の目で見られたでしょうね。

貿易盛な都市でありますから、外国の人を見る機会も多かったでしょう。

でも、ウンスは同じ国の子。

そうなると、「何で?どうして。もしかしたら・・・・」

魑魅魍魎めいたものも想像するご時世。美しさが垣間見えたら、それこそ羨望と嫉妬も重なり噂がたってもおかしくはないでしょうね。

でも、きっと本当のウンスに触れ合うことが出来たら、そんなもの一掃してくれることでしょう。

見守ってくれる大人も徐々に増えていきます。

そして、ちびっこたちもこうした経験を積み重ねながら強くたくましく成長して欲しいと願っています。

 

それでは、皆さま今日も素敵な1日でありますように(⋈◍>◡<◍)。✧♡