「若しゃま~~~~~ま~~~~だ~~~~~?」

 

戸口を小さく開けて部屋を覗き込む大きな瞳。

 

「お嬢様、若様の邪魔をしてはなりません。もう少し、あちらでヨンオクとお待ちしていましょう?」

 

「や~~だ~~~。ウンシュ、ずっとず~~~っと待ってたよ?まだ~?若しゃま、まだ終わらない?」

 

「もう少しでございますから。さあ、あちらで美味しいお菓子を差し上げましょう。今日はお嬢様のお好きな薬菓ですよ。」

 

お菓子の誘惑に負けたのか戸口の影は消え、パタパタと廊下を走る音がヨンの耳に届くと口元がゆっくりと斜めに上がる。

 

「若様、お気を引き締めに。あと少しでございます」

 

手習いの師匠のお叱りもどこ吹く風。ヨンの気持ちはすでにここにあらず・・・・・・・・

 

 

ウンスがこの屋敷に来て早数ヶ月。

愛嬌のあるウンスは使用人たちにも人気で、ちょこちょこ動きまわるその姿に一同が笑顔になる。

勿論ヨンの溺愛ぶりはそれ以上で・・・・・

すでに互いになくてはならない存在になっていた。

 

「ウンス?・・・・・ウンス~~~ねえ、ヨンオク、ウンスはどこ?」

 

「若様、お嬢様はあちらに・・・・・」

 

ヨンオクの指し示す方に目をやると、柔かい陽が射す廊下でゴロンと転がっている可愛らしい丸いのが見えた。

ヨンは急ぎ近寄り、その柔らかい塊の隣にしゃがみ覗き込む。

 

「なんだ・・・・ウンス、寝ちゃったのか・・・・・」

 

「お嬢様、大好きなお菓子も若様と一緒に食べるのだと我慢されて・・・・・その手に握ってらっしゃる紙の包みは、お二人のお菓子なんですよ」

 

ヨンオクの言葉にヨンの顔がぱあっと笑顔になる。

 

小さな手に大事そうに握られた紙包み。

お菓子に目がないウンスが、自分を待っていてくれた・・・という事に、ほっこりと心が温かくなる。

ぷくぷくの頬をつんつんと突くのはヨンのお気に入り。ムニムニと頬を摘んでみても起きる気配すら見せぬウンスに小さく落胆するも、ウンスと向かい合わせになるように寝ころんだ。

 

『ウンス、待ちくたびれちゃった?ねえ、どんな夢を見てるの?早く起きろ~~~~~僕、来たよ。一緒にお菓子、食べよう』

 

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「あらあら。お二人ともこんなところで・・・・なんて可愛らしいのかしら」

 

柔らかい日差しの中で、大切な宝物を抱えるようにウンスを抱きしめ穏やかな寝息を立てるヨンがいた。

 

 

そんな二人も、目を覚ませば元気いっぱい。

 

「ウンス、行こ!」

 

「まってくだしゃい、若しゃま~~~~~」

 

広い大地に響く、可愛い二つの声。

駆けまわり、転がる度に、野の花たちも楽し気に空を舞う。

 

「あっ・・・・・・」

 

小さな叫び声にヨンが後ろを振り向くと、派手に前のめりに転んでいるウンスが見えた。

慌てて駆け寄り手を差し伸べ立たせると、慣れた手つきで衣の泥を叩き落とす。

 

「あわてんぼうウンス、すぐ転ぶんだから気を付けなきゃ駄目だよ?」

 

ウンスはいつも我慢する。

痛くても・・・悲しくても・・・・

泣きたいのを必死に我慢する。

 

そんな時は口をへの字にしてギュッと口をつぐんだまま体に力を入れているんだ。でも、大きな目には今にも溢れそうな涙の粒が出来上がってくるのが、堪らなく愛おしくなる。

 

「どこが痛いの?隠さないで見せてごらん?」

 

そういわれ、ウンスはもたもたと黙ったまま衣の裾をめくりあげると、膝小僧から血が滲んでいるのが見えた。

 

「あ~あ、これは痛かったね。偉いぞ~ウンス。我慢してたんだね。でも、いつも言ってるだろう?僕の前だけは泣いていいんだぞ?」

 

そんなことを言いながら、ヨンは胸から手巾を取り出しウンスの膝に巻き始めた。すると、ウンスが慌ててその手を止めた。

 

「若しゃま・・・・・それ、ダメ~~~若しゃまの大事でしょ?ウンシュ、平気。だからそれいらない・・・・・それ、汚しちゃ、や~~~~~」

 

今度は涙をポロポロこぼしながらヨンに懇願するウンスを見ながらも、ヨンは笑顔のまま布を巻く手を止めることはしなかった。

 

「ウンス、良いんだよ。きっと母上も、よくやったねと褒めてくださる。・・・・・よし!できた。さあ、立ってウンス」

 

ウンスの膝に巻かれた手布は、ヨンの為に母が施した刺繍がされているものであり、ヨンの大切な宝物。

いつも大事そうに胸にしまい、時々出しては眺めているのをウンスは知っていたからこそ、慌てたのだ。

 

結び目に丁度見える刺繍を一撫でしたウンスは、にっこりと笑いヨンに飛びついた。

 

「うん♪若しゃま~~~~~だ~~~~~い好き」

 

差し出された手に、小さな手が握りしめられる。

暖かい手の温もりは、二人の心を互いに癒す大切なもの。

 

「さ、ウンス、家へ帰ろう?」

 

「はいでしゅ、若しゃま~~~~」

 

都小路の角を曲がり、あと少しで屋敷に着くというところで、ヨンの目の前を幼馴染のアンジェが横切った。

 

「アンッ・・・・・」

 

「母上~~~」

 

ヨンの呼びかけに気が付くことも無く、アンジェは母に向かって走っていく。

一言三言、どんな会話が交わされているのかは聞こえないが、いつも「俺は男だ!」という風情を見せるアンジェが、母に抱き付き幼子の様に甘えている。

 

『ちぇ・・・なんだよアンジェのやつ。いつも他の奴らを”女々しい奴”とか言っているくせに・・・・・自分の方が幼子の様じゃないか・・・・・』

 

そんなことを呟きながら、足を止めじっと二人を見つめるヨンをウンスは見上げていた。

 

「若しゃま?」

 

いつまでも動こうとしないヨンの袖を引っ張ると、やっとヨンは我に返ったような顔をしてウンスを見た。

 

「ごめんよ、さあ行こう」

 

その日は家に着いてからも、夕餉の時も、ヨンの口は閉ざされたまま。

 

「若さま、何かあったんですかね・・・」

 

ウンスに着替えをさせながら、ヨンオクは小さくつぶやいた。

すると、ウンスはヨンオクに向かって小さな人差し指を口元にたてて、小声で話す。

 

「ヨンオクッ・・・・・・し~ですよ。若しゃま、今お胸が痛いんでしゅ。だから、し~~~なんでしゅ」

 

いつも賑やかなウンスも、今日ばかりはおとなしい。

きっと二人だけにわかる何かがあったのだろうと、ヨンオクは頷きもうしばらく様子を見ることにした。

 

おおきな枕一つ抱え、いつもは大声で呼んではヨンに開けてもらう扉も、今夜はヨンオクにしてもらった。

 

静かな部屋の中、ウンスのパタパタと近づいてくる足音だけが響く。

 

奥にある寝台の上、ヨンが膝小僧を抱えて座っていた。

ウンスは枕を投げ上げてから、『よいしょ』っと寝台によじ登り、ヨンの前にちょこんと座る。

 

「・・・・・・ウンス、ごめん。今日は・・・・・・」

 

言いかけたヨンの頭に、ウンスの小さな手がふいに乗せられる。

 

「若しゃま、いい子。我慢、ダメでしゅ。ウンシュがいい子いい子、してあげましゅから泣いていいでしゅよ」

 

そう言って、小さな手でヨンの頭をゆっくりと撫ぜながら『いい子・・・・いい子』と呪文のようにつぶやく。

 

その温もりと、言葉に、ヨンの涙腺は次第に緩みだした。

 

「僕は男だ。・・・・・泣いたりしない・・・・・・しないんだから・・・・・」

 

うっく・・・・・・すんっ・・・・・・・・うっく・・・・・・・・・

 

一度崩壊した涙は、途中で止めることが出来なかった。

そんなヨンをみたウンスは、いつも自分がしてもらうように優しくヨンを抱きしめたのだが、小さな腕はヨンの身体を回りきらない。

それでも包まれる優しさに、暖かさに、ヨンは心が凪いでいくように感じた。

 

「若しゃま・・・・ウンスはず~~~~っとここにいるよ。ず~~~~っと一緒ね~~~」

 

ヨンはウンスに抱き付き、久しぶりに大声をあげて泣いた。

 

 

 

「はあ・・・・・・ごめんよウンス。・・・・・・ウンス?」

 

ひとしきり泣いてスッキリした後、胸の中のウンスを見ると、ヨンの衣をギュッと握りしめながら小さな寝息を立てていた。

 

ありがと、ウンス。

ウンスがいてくれて、本当によかった・・・・・・・・

 

 

こんばんは。

「僕は男の子だから・・・・」

とウンスを守る男に徹していたヨンですが、やっぱりまだ母が恋しいと思う心は残っていて・・・・・

今日は少しだけウンスがお姉さん。

いつも自分がしてもらっているように

ヨンが笑ってくれるようにとウンス、頑張りました。

 

同じ思いを抱え、慰め合いながら乗り越えていく二人の一コマ。

 

君の(あなたの)事は、僕が(私が)一番知っている・・・・・・

 

今日も素敵な1日でありますように(⋈◍>◡<◍)。✧♡