「若様、お外はいいお天気ですよ。ヨンオクと一緒に、庭でも散策しませんか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「若様、美味しいお菓子をいただきました。召し上がれ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

文机の端に置かれた菓子にも目をくれず、ただひたすらに手習いの筆を動かし続ける少年に、使用人頭のヨンオクは部屋の扉を閉めると、寂し気なため息を気付かれないくらい小さく吐いた。

 

チェ家の嫡男 チェ・ヨン 5歳

 

この表情乏しく、口数も少ない少年の姿をいる度に、この屋敷の使用人たちは一同に心を痛めていた。

何故ならば、本来のヨンは、人一倍明るく気さくな質で、誰彼差別することなく話しかけ、陽が出れば元気に庭を走り回り、木に登っては使用人の悲鳴も気にすることなく大きな声を出して笑っていたから。

ヨンがいるところには、いつも笑顔があり、明るい気に包まれていたから・・・・・・

 

そんな日常が一変したのは、まだ春浅い桜の蕾も硬い頃。

 

ヨンの母が亡くなったのだ・・・・・・

 

元々体の弱かったヨンの母にとって、出産は大きく体力をもぎ取って行った。ヨンを出産してからというもの、床から起き上がることもできずに過ごされていたのだが、みなの願い空しくつい先だって旅立たれたのだ。

 

「母上が亡くなったのは、僕が生まれたせいだ・・・・・」

 

いくら周りの者が「違う」と諭しても、ヨンは母の亡骸にしがみ付き泣き続け、最後は泣き疲れて眠ったところでやっと引き離された。

母が目の前から姿を消すと、今度は自分も母の後を追うのだと、何も物を口にすることが無くなった。

日に日にやせ衰えていく息子に、父は静かに諭した。

 

「ヨンや、今のお前の姿を見て、母上は喜ばれるだろうか。己の命を削ってでも欲しいと願い、この世に産み出した母の気持ちをどう思う?母の想いを沢山持って生まれてきたお前が、自らその命を粗末にする姿を見たら、きっと悲しむと思うぞ。

 

私は今でも忘れない。

生まれたばかりのお前を抱いた母上が、どんなに神々しく美しかったことか。どんなに慈愛に満ちた顔でお前を見つめていたか・・・・・・

 

母が恋しいか?ヨン。

私も恋しい。今すぐにでも側に行きたいと願えども、決して私は自らこの命を絶つつもりはない。

それは何故だと思う?決してこの命が惜しいからではない。

それはあの方と大切な約束をしたからだ。

お前を立派な男に育てると。命続く限り見守り続けると。

 

お前はあの方と私の血を分けた大切な子だ。その目に、その仕草に、その心にあの方は生き続けるのだ。

ヨンや、母上の声を聞きたくば、耳を澄ませその心を覗きなさい。

姿を見たくば、目を閉じ記憶を引き出きだしなさい。

 

今はまだ、父の話は分からぬやもしれぬ。しかし、しっかりと覚えておきなさい。

大切な方と男が結ぶ約束は命がけだ。

決して違う事許されぬ大切な物だ。

だからこそ、己の名に懸けて誓う約束は安易にしてはならぬ。

そして、一度立てた誓いは守り通すのだよ。

 

大切な我が息子、己の力で悲しみを乗り越えなさい。誰もその悲しみを変わってやることはできないのだから。そして自分を取りもどすのだ。父も母も、いつもお前の側で見守っているということを忘れないでおくれ」

 

父の対面に正座したヨンは、膝の上に小さな握りこぶしを作っていた。

目に一杯涙を溜めながらも、それを流すまいと口をへの字に曲げながら歯を食いしばり、頭をあげぬまま1度だけ頷いたのだった。

 

その日から、ヨンは断食を止め普段の生活に戻ったのだが、まだ、今までのような快活さはなりを潜め、ただひたすらに部屋に籠っては筆を持ち、手習いの手を休めることのない日々を過ごしていた。

小さな頭で、何度も父の言葉を反芻しながら

消えてしまわないように、母の面影を思い起こしながら・・・・・・

 

そんなある日、大きな嵐を背負った小さな訪問者がヨンの前に現れた。

ユ・ウンス、3歳。

ヨンの静かな日常が、かき乱される。

閉ざされた扉が、その嵐に飲み込まれるまであと少し。

運命の歯車が、動き出した・・・・・・・

 

 

こんにちは。

10月は仲秋の名月と言われるように、月の美しさが際立つ季節となりました。

十五夜を筆頭に、毎日姿の変わる月には名前がありました。

それにちなんだお話を「小さな恋の物語~番外編」として投稿させていただいたのですが、以前書いていた本編を読んでみたいというお話をいただきまして、再掲載をさせていただくことにいたしました。

番外編は新作ということで、アメ限でしたが、こちらは再掲載なので全公開とさせていただきます。

当時のまま直さずにそのままなので、既にお読みいただいている方、ごめんなさいね。

懐かしい・・・・と思っていただけたら幸いです。

投稿日のみ、変更いたします。

2018年投稿。GWspecialとしての期間限定のお話でした。なので、休日に合わせた全9話。

天女の降嫁が、クライマックスに向けてあと少し・・・・というところで、寸止め状態。すみません。

数日、お付き合いいただけたらと思っております。

 

追伸・・・・アメンバー申請をしていただいている方の中で、メッセージでのアンケートが届いていない為に、保留となっている方がいらっしゃいます。

申請したのに読めない・・・という方は、もう一度、メッセージの確認をよろしくお願いいたしますね❤