こんにちは、ベビー・子供服のセレクトショップyonkaのオーナーkanaです。

 

私たちのショップでは、ヨーロッパ各地から厳選した子供服を取り扱っています。

 

 

 

今日は我が家の夜ご飯のおはなし。

 

いきなりですが、みなさん(世の中のママさん)にお聞きしたい!!

お仕事終わって夜ご飯いつ作ってます??w

 

私本当に要領悪くて、しかもキャパも狭いので仕事終わってから夜ご飯をつくる気力ナッシングで。。

 

この前お友達ママさんに同じ質問したら、食材だけ朝切っておいて、仕事から帰って来たら焼くだけ状態にしてるって。。

 

 

凄すぎる。

 

 

私なんでこんなキャパ狭いんだろう。

朝から食材切ったりしてるって事は、、何時に起きれば良いの。。

 

 

考えるだけでキーー😭😭ってなります。

自分の親にも言われます。

こんな親見た事ないって。w

 

 

そんなママを有難い事に優しい息子と優しい旦那様(こういう時だけサマつきw)がたまーに気遣ってくれて。w

 

今日はケンタッキーを買って来てくれました!

 

 

 

なんやら、カーネル生誕祭パックっていうメニューがあってお得だったとか。

 

気になったので私も調べてみたら、KFC創業者カーネル・サンダースの誕生日が9月9日だったらしい!

関係ないけど、9月9日って最強の日って誰かが言ってた気がする。

 

生誕133周年って書いてあったけど、ケンタッキーってそんな前からあるの??

調べたら、133年前って明治23年らしい。。

 

 

明治って相当昔な感じするけど、その頃からこの華やかなパーティークリスマス感満載のケンタッキーが存在してたなんて。

すごいなー。

 

 

ケンタッキー、日本に来てくれてありがとう。

カーネルサンダース、ありがとう。

 

そしてお誕生日おめでとう。w

 

 

 

息子は普段、野菜全拒否で全く食べないけど、ハンバーガーに入ってる千切りキャベツは何故かok。

 

 

 

そしてなぜか、ハンバーガーに入ってるレタスはNG。ww

 

ソースはアリだけど、マヨはNG。

ドレッシングは和風ドレッシング以外NG。

 

なんでかな。

 

 

 

今日もこだわり強めの息子です。w

 

 

あと、旦那と息子がごはん食べ終わったあと、テーブルの下毎回大変な事になるの。なーぜなーぜ??w

 

ケンタッキー、買ってきてくれて嬉しい。

準備も洗い物も少なくて本当に嬉しい。

 

 

ただ、食べ終わった後の床。

いつもの倍汚い。。

 

 

結果プラマイゼロ??w

 

 

 

片付け、掃除、洗濯、料理。

なんでこんなにやらなきゃいけない事多いの??

 

なんでやらなきゃいけない。前提なの??

 

 

最近ほんとうに思うんですよね。

ママがやるリストにそもそもこれが入ってる事自体、おかしい。w

 

 

私じゃなくても良くない?

って。

 

 

洗い物してても、これ私じゃなくても良くない??

 

洗濯干してても、畳んでても、これ私じゃなくても良くない??

 

トイレ掃除してても、これ私じゃなくても良くない??

 

 

そんな事ばっかり考えてます。w

 

仕事はやりがい感じて頑張れるけど、正直家事に関してはやらされてる感満載です。w

 

 

こんな私は母親失格でしょうかー。

 

カーネルサンダースさん、どう思いますかー?w

 

 

 

今日はケンタッキーと、私の家事に対する不満ブログでした。

 

 

最後に、カーネルサンダースについて、せっかくなのでもう少し詳しくなろうと思います。

 

カーネル・サンダースは本名ではない!?

日本では「カーネルおじさん」の愛称で親しまれていますが、本名は「ハーランド・デーヴィッド・サンダース」。「カーネル」は、実は名前ではないのです!  食文化の発展に大きく貢献したことで、アメリカ合衆国ケンタッキー州から与えられた称号なのです。

 

 

10歳から働き始めて様々な職業を経験したカーネルは、なんと65歳で無一文に! 残されたのは「フライドチキンのレシピ」だけ...。それでも諦めないのがカーネル。レシピをレストランに売り込むことを思いつき、やがて皆さんが知るKFCの創業者になるのです。

 

 

あまり知られていない、ドラマのようなカーネルの生涯をご紹介しちゃいます。

 
 
1990年
アメリカ合衆国インディアナ州の南部の町ヘンリービルで、貧しい農家の長男として生まれる。

1897年

おいしいもので人をしあわせにしたい

原点となる7歳での体験

 
7歳のときに、カーネルは自身の原点となる体験をします。はじめてひとりで焼いたパンが上手にできたので、弟と妹を連れて5km離れた工場で働く母に見せに行ったところ、母も工場の女性たちも大絶賛してくれたのです。
カーネルは、料理で人をしあわせにできる喜びを知りました。
 
1990年

果てしなく続いた苦難の日々

カーネルを支えた母の一言

カーネルは、家計を助けるために10歳で仕事を始めたものの、幼さゆえに仕事に身が入らずクビになります。このとき母から言われた言葉を、生涯忘れることはありませんでした。

「仕事で大切なのは、ベストを尽くすこと」
 

その後、ペンキ塗りや軍隊、鉄道員、弁護士助手、保険営業など様々な職業を経験。29歳で蒸気船運航会社を設立したカーネルでしたが、軌道に乗せることができずに破産してしまいます。
苦難の連続でしたが、どんな仕事も母の言葉を忠実に守り懸命に取り組みました。

 

1930年

運命を変えるチャンス到来

働く意欲とホスピタリティにより才能が開花

 

求職中のめぐり合わせによって石油会社のマネージャーと出会います。ガソリンスタンドのオーナーを任されたカーネルは、熱意を持ってがむしゃらに働き、ビジネスの才能を華々しく開花させていったのです。

他店より2時間も早い朝5時から営業し、当時、前例がなかった「フロントガラスを拭く」「タイヤチェックをする」といった無償のサービスにも力を入れ、店はたちまち評判になりました。

このガソリンスタンドは世界恐慌により手放すこととなりますが、カーネルの目を見張る仕事ぶりと評判を聞きつけた他社から、別のガソリンスタンドのオーナーを任されます。

そのガソリンスタンドは近くにレストランがなく、ドライバーたちは、いつもおなかを空かせていました。彼らのために何かできないかと考えたカーネルは、ガソリンスタンドの倉庫を改造し、小さなカフェを開きます。
1930年、カーネル40歳のことでした。

 

 

1940年

10年にもわたるこだわりが生み出した

誰にも真似できない味

 

カーネルのカフェは繁盛し、後にレストランとなります。レストランの人気メニューは「フライドチキン」。カーネルは、もっとおいしいフライドチキンをつくってお客さまを喜ばせたいと、日々レシピの研究を続けていました。

スパイスの細かな調合や当時の新製品であった圧力鍋の使用など試行錯誤を重ね、1940年、ついに11種類のハーブ&スパイス、圧力鍋を使った唯一無二のオリジナルチキンのレシピを編み出します。実に10年もの歳月をかけて完成させたのです。

 

 

1955年

65歳で無一文からの起業

1010回目にして獲得できた契約

順風満帆だったカーネルを悲劇が襲います。高速道路が移転して、レストランの客足がぱたりと途絶えてしまったのです。カーネルは、泣く泣くレストランを手放す決断をします。65歳にして、無一文になってしまったのです...。

当時、カーネルは生涯の親友となる青年と出会いました。ユタ州ソルトレイクシティでレストランを経営していたピート・ハーマンです。ある日、ピートの自宅に招かれたカーネルは夕食にフライドチキンをふるまいます。そのおいしさに心底感動したピートは、カーネルのフライドチキンを自身のレストランのメニューに加えることを提案します。

ピートが大絶賛してくれたことから、カーネルは自身に唯一残された「フライドチキンのレシピ」の価値に気づきます。自分のフライドチキンでたくさんの人をしあわせにできる。その信念で、全米のレストランに売り込むことを決意するのです。車にスパイスを載せ、ときには車で寝泊まりしながら、一軒一軒レストランを訪れました。断られても断られても諦めず、1010回目にしてようやく契約を獲得できたのです。

カーネルはピートとともに、南部のおもてなし料理ということが分かるよう、地名からフライドチキンを「ケンタッキーフライドチキン」と命名しました。

 

 

1963年

8年で600店に拡大

カーネルのレシピと想いは永遠

自動車での移動が活発になり、持ち帰り需要が生まれたことでKFCの人気は加速しました。フランチャイズ契約は激増し、1955年にケンタッキーフライドチキンコーポレーションを設立した後、わずか8年で店舗数は600店まで急拡大しました。

1964年、カーネルは信頼する実業家に経営を譲り、1980年に90歳で亡くなるまでKFCの親善大使を務めました。「自分のおいしいフライドチキンを世界中の人々に食べてもらいたい。おいしさでしあわせを届けたい。」その一心で、ときには熱く、ときにはおもしろおかしく、そしてときには真剣に、魅力あふれる人柄で唯一無二の味を世界に広めていきました。

145以上の国と地域にある24,000以上のKFC店舗で、今もカーネルの想いを胸に、レシピを大切に守ってチキンの調理を続けています。

 

 

 

 

「仕事で大切なのは、ベストを尽くすこと」

お母さんの一言、身に沁みますね。

 

常に、最善の方法。恐れ多いですが、私も私なりに。最善を意識してお客様、そしてサポートさせて頂いている小売店オーナー様と向き合っています。

 

ベストを尽くすこと。

 

まさにこの言葉に尽きますね。

 

こういう先人の言葉が最近心に響きます。

 

 

 

そして、意外だったのが、40歳までケンタッキーと全く違う職種だったということ。

ガソリンスタンドで働いていたのは知りませんでした。

でも常にベストを尽くしていたからこそ、ガソリンスタンドに来るドライバーさんたちが近くにレストランがない事でお腹をすかせていた事にも気付くことができて、何かできる事はないかと倉庫を改造してカフェを開くまで至ったんですよね。

 

それまでには、やっぱり一人一人とたくさんコミュニケーションをとったり、この人が求めてる事は何なんだろう。と日々探究したり。

 

その経験があったからこそ、「誰にも真似できない味」を生み出すことができたんだろうなと。

 

カーネルはスパイスの調合にこだわり、この味を完成させるのに10年かかったそう。

もしかしたら、今の技術を使えば数日?数分?で美味しいスパイスの調合とかって出来ちゃうかもしれませんよね。

でも紆余曲折あって、シフトチェンジしながら前進し続けるって。本当に凄いですよね。

何歳になっても前進し続ける。私にできるかな。

私もカーネルみたいにかっこいい歳の取り方したいな。

カーネル、リスペクト。

 

 

私もいつか、カーネルみたいに誰にも真似できない何かを成し遂げてみたいな。

そんな日がいつか来るように、今日も明日もベストを尽くします!!

 

 

カーネルについて(←いつの間にかカーネルって呼んでるw)詳しく知りたい方はこのケンタッキーオフィシャルサイトを見てみてください♩

身長と体重が公開されてるんですが、旦那とほぼ一緒。

 

まさか旦那がカーネルの等身大サイズだったとは。ww