成長戦略という言葉を、新聞紙面上で最近良く見かける。「国家としてどのような成長戦略を採るのか、政府は示すべきだ」、「今回のリコール問題は、成長戦略の修正を迫られる」というように使われているようだ。ここで個人的に気になるのが、企業にも政府にも同じように使っているという点だ。政府を企業と混同しているのではないだろうか。
夜警国家とか福祉国家とか、いろいろ昔から国家のあり方、適正規模は議論されてきたようです。勉強不足なので、ここで国家のあり方まで議論することはできませんが、とりあえず現在国家(政府)が存在する、すべきだということについては一定の同意が得られていると思います。少なくとも私的財産権の確保とか外交とかで必要でしょう。
そこで、政府と企業の混同の問題に戻ってくると、「事業仕分け」が気になりました。どう気になったかというと、事業仕分けっていうのはまさに政府を企業に見立てている表れなのではないだろうか、ということ。仕分けされる事業たちのコストは金額で簡単に計られてしまうけれど、ベネフィットは民間投資のように収益だけでは計られないものが多い。むしろ収益のみで計ることができ、採算が合うのならばそれは民間がやればいいこと。このようにコスト=ベネフィット考えるから、「二位では駄目なのか?」というような批判が出てくる。確かにスパコンで世界一位になるベネフィットを、コストと同じ土俵―つまり数字ではじき出すことは難しい。しかし、このような採算の合わない分野こそ政府の役割が必要な部分なのではないだろうか。
民主党は国民の生活が第一と言っているが、政府支出にマーケットの原理を取り入れすぎると、本来の政府の役割を忘れ、本当に企業と国家の区別がつかなくなってしまうのではないだろうか。
政府はなぜ必要なのか―もう一度基本的なことを問い直す良い機会なのかもしれない。
まとまってないですがここら辺で失礼。 よんじょう