この夏
母が介護している祖母が尻もちをついておそらく圧迫骨折だろうと聞いた
だろう
というのは、往診に来てくださった先生がおっしゃったから
母は自宅で祖母の介護をしている
入院はさせない
祖父のようには死なせない
ものすごい執念だ
祖母は認知症で酸素の吸入もしなくてはいけない
今回のことでずいぶん弱ったようだ
食事も寝たまま口まで運んでいたらしい
もちろんデイサービスへも行けなくなった
お盆がやってきた
私は5人兄弟だからみな帰省してくると
それはそれはにぎやか
私より先に帰っていた妹は
祖母の弱り具合を冷静にみていた
理学療法士として病院に勤めていた妹は
脈をとったり
祖母の行動をみて的確に動く
病気で亡くなるひとではなくて
老衰で亡くなる方を何人も見送ってきた
これは、不穏といってなにか不安な時にこういう行動をとる
床ずれになりかかっている個所をみつけて
薬局でパットがないかと聞く
祖母は私から見てもかなり弱っているな
という感じだった
「ほなね、またね、おおきにありがとう」
さつきがベットのそばを通ったとき手を握った
私にも同じことをした
びっくりした
さつきも何回も祖母の様子を見ている
私も様子を見ていることしかできない
どうしたらこの不安そうな祖母を安心させることができるのか
どういう声をかければいいのか
また
母は今回のことですぐに腰を痛めてねこんでしまった
すぐによくなったが介護者がそんなことになってはえらいことだ
壮絶を極める自宅の介護
夜になるとすこぶる元気で昼はうとうとしっぱなし
もちろん母もそうなる
では母の生活は?母の時間は?
実は母は祖母の前にも1人自宅で介護している
身寄りのない、耳が聞こえなくてしゃべることもできなかった広一さんだ
祖母を引き取らなくては、いよいよ1人暮らしは危ないとなったときに
広一さんは旅だった
見事なタイミングだった
趣味の絵を描き、お風呂もトイレも自分で
ガンの末期で余命あとわずかだった広一さんを母はひきとった
広一さんの1人暮らしの生活が変わって
母のごはん、1人ではないという安心感
広一さんは生きた
残念なことに、めったに行かないデイサービス中に発作を起こして入院してしまうも
わずかな入院で旅立った
さつきと芽衣をつれてお見舞いに行ったら
指を一本たてて(あと一人、貫一郎は??)と聞いたんだろうと思う
「ひるねしてるよ」とジェスチャーすると
うんうんと笑っていた
入院させないという母の希望通りにはいかなかったけど
それはそれは見事だった
母も素晴らしかった
お別れは私たちだけ
ゆっくりとお別れができた
最高のお葬式だった
そして今祖母がいる
妹が言った
絶妙なタイミングでお盆が来た
孫やひ孫がわんさかやってきて
祖母はかなり刺激をうけたはずだ、と
そして、入院してたら今頃この世に祖母はいないだろう
入院して、流動食になって美味しくないから食べなくなって点滴になっていなくなっていただろう
なんと、祖母は今デイサービスに行き出した
半日だけど
祖母は幸せだ
自分が今年米寿をむかえるなんてさらさら思っていない
女学生のままだ
食べたいものを食べて
孫やらひ孫にも会えて
なんといっても
大切にされている
母はすごい
ときに泣いたり
怒ったり
さまざまな葛藤があるのを私も見て
正直自分にはできるのか・・・と思う
でも、私は
祖父や義父のようなお別れをしたくない
義母や両親とあんなお別れをしたくないし
させない
そのためには
知らなくてはいけない
勉強したい
そう思った